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ジェストーナ
ジェストーナ
novelistID. 25425
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comment te dire adieu

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  「絶望した!」
  糸 色望はそう声を上げ、両手で顔を覆った。心の弱い人間である彼は、些細なことに傷ついて、大袈裟なまでの自己主張をし、そうして死ぬ気のない自殺未遂を繰り返す。二のへ組の教室は、そんな担任教師の奇行に今日もどんよりと沈んだ。
  顔を上げた糸色(面倒なのでもう気を遣わないことにする)は、大粒の涙を浮かべて、いやいやをする子供のようにかぶりを振った。
  「絶望した! 最近の若者の性の乱れに絶望した!」
  叫び、手にしていた辞書を放り投げる。辞書は床に当たって適当なページが開いたままの状態になった。糸色のその行動にいち早く飛びついたのは、彼のストーカーもとい彼にディープなラヴをしている常月まといだった。まといは辞書を拾い上げ、先程まで糸色が読んでいたと思われるページを素早くめくってデジカメとポラロイドとインスタントカメラの三種類で写真を撮った。
  委員長こと木津千里はまといがそのまま証拠物件として懐にしまいかけた辞書を素早く取り上げて、まといに向かって「なんで、きちんと本棚に片付けないの? そういうの、すごくイライラするの!」と怒鳴った。木津はまといが開いたままにしていたページを見て眉をひそめた。
  「落書きがいっぱいだわ。これじゃ先生が怒るのも無理ないわね」
  糸色は絶望して、教室内に常に常備してあるロープで首を吊ろうと躍起になっていた。二のへ組の一部はそれを止めようとし、また一部は傍観していた。
  糸色が見つけ、木津が確認したのは、辞書に書かれた落書きだった。端っこにある余白に『○○ページを見よ』『××ページを引け』などと書かれており、指定されたページを開いてみると、なんと卑猥な単語がご丁寧にラインマーカーで線を引かれて強調されていた。
 貞操観念の固い糸色にとって、相当なショックだったに違いない。しかもそれが学校の備品だったことが拍車をかけているらしかった。
  「小森さんを呼んでください! 今こそ心中のときですよ!」
  「ちょっと先生、いつでも一緒に死んでくれるって言ったじゃない! 私よりも小森さんがいいっていうんですか!?」
  「三角関係ですか!? もういやだ絶望した、乱れきった性に絶望した!」
  「二人とも、いつも究極の愛を探している藤吉さんが『三角関係が嫌なら3Pすればいいじゃない』って言ってますよ。いい解決策だと思いませんか?」
  「女子高生がなんて破廉恥な! あ、あんまりです!」
  「ちょっと、勝手に話を進めないでよ! 私、まだ先生ときっちり籍を入れていないんだから!」
  何事にもポジティブな可符香の物言い(装備・藤吉)が炸裂し、事態の混乱に一層の拍車をかける。それに反応した木津が参戦して、ドロドロの修羅場を更に悪化させていく。さながら戦場のようになった糸色の周囲を見ながら、二のへ組一部の良識層たちは呆然と成り行きを見守っていた。これだけ騒がしくなった以上、糸色が自殺を遂げることはもうないだろう。後は女の戦いに巻き込まれないようにするだけだ。未だ言い争う青年と少女たちを覗いて不思議な平穏が教室に戻る。
  と。それまで何もかもに興味なさそうに何もない空中を眺めていた久藤がふと立ち上がり、木津が放ったらかしにした辞書を拾い上げ、少しページをめくった。本の一番後ろには学校の図書室が所蔵するものであることを証明するスタンプが押してある。久藤准はそれを持って、果敢にも輪の中に入っていった。
  「先生」
  静かな声に、それまで争っていた少女たちも動きを止めた。もちろん臨戦態勢だったので、まといは包丁を持ったままだし、木津はモップを武器にしていたし、小森は久々に自分の陣地からやって来て、黒いオーラをまき散らしていた。本気で首を吊りかけていた糸色は、突然の掛け声にきょとんとした顔をしていた。
  久藤は無邪気すぎる笑みを浮かべて、力ずくで糸色の首に絡まっていたロープを外し、再び糸色の手に握らせた。それから顔を近づけて目と目を合わせ、まるでしっぽ好きのあびるが気を立てた動物にするみたいに、ゆっくり諭すように告げた。
  「ロープで首を吊って窒息死。常月さんに包丁で斬られて出血死。木津さんにモップで刺されて刺殺。それからボクに辞書のカドで殴られて撲殺。どうですか? 絶望なんてしないでしょう?」
  「ど……、どういう意味ですか?」
  意味深な久藤の言葉に、糸色はずれていた眼鏡を指で元の位置に直した。久藤は依然、純粋さを失わない笑みを湛えていた。
  「世界はいつでも死ねる希望に溢れているでしょう? ほら、何に絶望するんです?」
  ――――向こうで藤吉が、「電波攻めキター!」と叫ぶのが響いた。
  糸色はきょとんとした顔から、羞恥に染まるものへと表情を変化させた。ふるふると震える手のひらがそっと拳となり、雪駄をほんの少しだけ持ち上げ、小さく「久藤くん」と呟いた。
  「うっ……」
  涙が糸色の頬をつたっていった。
  「うわあああああああ!」
  声を張り上げ、糸色は泣きながら教室を出ていった。それは圏外の席に座った音無芽留が豹変したときによく似ていた。人間は極度のストレスを感じると赤ん坊の頃に戻ると言うが、糸色の行動はまさにそれだった。彼は心の弱い大人なのだ。
  久藤は走り去る糸色の背中を少しだけ見つめ、それから糸色によって放り投げられた辞書の埃を払った。返却期限までにはまだ少し時間があるが、本を粗末にした罰として、勝手に返却処理をすませてしまおう。そんなことを考えていると、横からすっと手が差し出された。振り向くと、いい笑顔をした可符香だった。
  「今の考え、すごくいいですね」
  「ありがとう」
  何事もポジティブにしかとれない少女と、本好きのちょっぴり電波な少年による、絶望的前向き同盟、ここに発足。

  その後しばらくしてスクールカウンセラーの智恵がやって来て、担任教師が授業を放棄してしまったので下校してくださいと黒板に書いていった。図書室に向かいながら、久藤は廊下の窓から外を見た。窓から見える風景はどこか懐かしく活気に満ちた町がありありと描かれていて、そこそこ高い雑居ビル、学校の屋上、ちょうどいい大木などがよく見えた。
 この世界にさよなら出来る希望の種は本当にすぐ側、手を伸ばせば届く距離にある。ほら先生、どこに絶望するんです? 誰にも聞こえないように、心の中だけで低く呟いた。

作品名:comment te dire adieu 作家名:ジェストーナ