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やわらかな人

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虎屋の一室で、雪男はひとりでいた。
番頭部屋に押しこまれている塾生たちとは違い、雪男はひとりで一部屋を割り当てられている。
その割り当てられた部屋で、雪男は机に向かい報告書を書いていた。
もう夜遅い時間だ。
眠い。
それに、これまであった色々なことが頭に浮かんできて、それが気になって、集中できない。
早く書きあげて近くに敷いてある布団で寝てしまいたいのに、報告書は自分の名前など簡単な項目以外は字が埋まっていない状態である。
雪男はいらだたしげに髪をグシャグシャとかいた。
ふと。
部屋の出入り口のほうに人の気配を感じた。
雪男はハッとして、ペンを机に置き、振り返る。
次の瞬間、障子が勢いよく開けられた。
だれかが部屋に入ってくる。
「雪男ォ」
シュラだ。
上機嫌らしく、へらへら笑っている。
頬が少し紅潮している。
酒を飲んで酔っぱらっているようだ。
雪男は眉根を寄せた。
けれども、シュラは気にした様子はなく、近づいてくる。
「なにやってんだー、おまえ」
「……報告書を書いているんです」
低い声で答えた雪男の隣に、シュラは腰をおろした。
そばにいる。
酒のにおいがする。
いや、酒のにおいだけじゃない。
優しくて、甘い、香り。
それを意識したくなくて、雪男はいっそう表情を硬くする。
「おまえさー」
シュラはさらに身を寄せてきた。
「そーやってると、ホントに疲れ切ったサラリーマンみたいだぞ」
からかうように言いながら、シュラは雪男のネクタイをつかんで軽く引っ張った。
着ているものは正十字学園高等部の制服なのだが、シャツにゆるめられたネクタイという格好をしていると、雪男は学生には見えないのだろう。
「昔の可愛い雪男はどこに行ったんだろうにゃー」
「そんなの、もう、どこにもいません」
素っ気なく返事すると、雪男はさっき机に置いたペンを持った。
シュラの存在を無視して報告書を書こうとする。
しかし。
「雪男ォ」
そう名を呼ばれるのと同時に、シュラがぶつかってきた。
否、襲いかかってきた。
「わッ!!!???」
雪男は押し倒された。
肩から下は畳の上だが、肩から上は布団に落ちた。
困惑する。
見あげた視界にシュラがいて、ぎょっとする。
シュラが自分の身体の上に覆いかぶさっている。
さらに、距離が一気に縮められた。
自分の身体の上に、シュラの身体がある。
触れている。
シュラは夏であるのと戦闘形態と本人の嗜好から大変薄着で露出度が高い。
そんな格好をした身体が触れているのだ。
心臓がおそろしい勢いで激しく強く打っている。胸が痛いぐらいである。
なにを考えているんだ、この人は!?
そう雪男は思う。
この早鐘のように打っている心臓の音がシュラの身体に伝わっているのではないかと、あせる。
パニックに陥っている雪男に、シュラが言う。
「寝ろ」
それを聞いて、雪男は今の状況を理解した。
ああ、ああ、そうですか。
つまり、疲れている僕を寝させるために実力行使に出たということですねッ!!!
そう雪男は心の中で叫んだ。
畳の上にある手をぎゅっと拳に握った。
本当にこの人はわかっていない。
そう思う。
さっき、言ったはずだ。
昔の可愛い雪男は、もう、どこにもいない、と。
それなのに、シュラの中では今でも、雪男は昔の小さくて弱い少年のままなのだ。
あの頃と同じように、守るべき存在なのだ。
そんなふうに、今も、この人は優しさを与えるだけ与えて。
「シュラさん」
「なんだ」
「フェレス卿はあなたが何事にも執着しない人だと言ってましたよね」
「盗み聞きしてたのか。趣味悪いなァ」
「執着してください」
「はー?」
「何事にも執着しなければ、去っていかれても、去っていっても、平気ですか。そんなの寂しすぎる」
思い出していた。
トレーニングルームでひとりで訓練してたときのこと。
もう、シュラがやってこなくなった頃のこと。
雪男にはなにも知らせずに、シュラは正十字騎士団のヴァチカン本部に行ったのだ。
「僕は寂しかった。あなたが去っていって、寂しかった」
優しさを与えるだけ与えて、でも、執着なんかまるでしていないように、去っていく。
ズルい、と思う。
「執着してください」
雪男は自分の身体の上にいるシュラに言う。
「僕は、なにがあっても、あなたから去っていきませんから」
「……生意気言ってんじゃねーぞ」
冗談のような調子で文句が返ってきた。
けれども、シュラは身体を起こそうとはしない。すぐそばにいる。
雪男は手をあげた。
そして、やわらかな身体をそっと抱いた。




眼がさめた。
どうやら朝であるらしい。
雪男は身体を起こした。
シュラはいない。いつのまにか部屋から出ていったようだ。
気がつかなかったのは悔しいが、疲れていたから仕方がなかったとも思う。
視界に机が入ってきた。
そうだ、報告書。
雪男は報告書を書き終えないまま寝てしまったことを思い出し、あわてて、机の上の報告書に眼をやった。
しかし、報告書は雪男が書いていないところも字が埋まっていた。
『霧隠隊長が大活躍し、不浄王を討伐した』
そう大きな字で書いてある。
それを見て、雪男は笑った。



もう、身体の疲れはなくなっていた。









作品名:やわらかな人 作家名:hujio