二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

薄らぐ君

INDEX|1ページ/1ページ|

 


夕暮れに棚引く雲と共に、この頬を打つ風にさらわれてしまいたい。
切り落としてつないだ指先はただ痛みを伝えてくるのに、これだけじゃすこしも、すこしも足りない。だってもうここにあいつはいない。いないんだ。あいつは星空を背負って、夜の中に落ちていってしまった。もう戻らない。戻れない暗闇に帰っていってしまった。あいつは痛くはなかったか。苦しくはなかったか。それとも何も感じなかったか。俺は痛い。涙が一粒こぼれていった。風がひゅうと吹き抜けていく。

闇医者のところからひっそりと抜け出してきた身では、以前の住処にも働いていたコンビニにも近づけなかった。ただあいつとすこしのあいだ時を過ごした職場の前を通り過ぎるのが精々だ。あいつの笑顔、泣き顔、よぎるのはそんなものばかりで、俺はあいつのことを何もしらない。しろうともしなかった。あいつはどういうつもりで、あの場所へ来たのか。どういうつもりで、生きていたのか。俺のすぐ傍にいたあの男のことを、俺は何一つしらず、そしてもうしることもない。一度だけ、無理矢理に連れて行かれたあいつの部屋へ行ってみる。大家に兄弟だと告げるとすんなりと合鍵を渡してくれた。不用心なことだな、と思いながらも部屋に足を踏み入れる。部屋の中はあいつのにおいにつつまれていた。自然、俺もあいつにつつまれているような感覚に襲われてしらず涙がぼろぼろと溢れる。拭っても拭っても拭いきれぬ涙は何を痛んでいるのか、俺にはきっとわからない。わかりたくない。あいつがいない事実をまだ、受け止めたくはない。

部屋の片隅にはくしゃりと捩れたシーツに覆われたベッドがひっそりと置かれていた。酔いつぶれた俺を「しようがないなあ」と寝かせたあいつを思い出す。酔いの心地よさにうつらうつらとしていた俺の横に座り込んで奴は、そっと微笑んで俺の頬にキスを落としてみせたのだった。そのあと見せたはにかんだ笑みを俺は絶対に忘れない。うすいくちびるがうれしげに口角を上げたその意味を、俺はしらぬ振りをしたんだ。シーツに顔をうずめてまた泣いていたら、いつものようにあいつが「泣かないで下さいよ」と、眉尻を下げて言ってくれるような気がして、俺はいつまでもあいつの気配の残る部屋の中で、うすらいでいくあいつを感じながらただ、ひたすらに嗚咽を抑えることすらせず泣き続けた。



作品名:薄らぐ君 作家名:坂下から