きぬぎぬ
昨日までは。
開いた窓から清らかな朝日と小鳥のさえずりがすべりこんでくる、絵に描いたような後朝だった。
僕は、ぼんやり持ち上げた寝起きの瞼を次の瞬間にはめいっぱいに見開いて、目の前の千尋の寝顔を見つめていた。
あどけない顔で気持ちよさそうに眠っている千尋は無垢そのもので、昨夜の暗がりで初めて見たような、あんな顔とは似ても似つかない、そのギャップに心底おどろく。
対して僕は、昨夜の暗がりであったことを思い出し始めてしまって、とてもゆっくり朝寝なんて雰囲気には戻れそうにない。
昨夜の、お互い初めてづくしの行為の中で、てのひらに感じたやわらかさとか、耳にくすぐったすぎる甘い声とか、涙に濡れて震えていたきんいろのまつげとかが、断片的に思い浮かんでは動悸だけを残して消えていく。
くすぐったいような後ろめたいような、そわそわと落ち着かない気持ちで胸がいっぱいになってしまって、僕は初めて見る千尋の寝顔を、ただただ黙って見つめるしかできないでいた。
千尋の寝顔なんて見慣れてる と、思っていたんだ。本当に。
なのに今目の前にある千尋の寝顔は、今まで見たどんな顔とも違っていて、どんな顔よりかわいくて、
所謂そういうことをしたことで、今まで何でもなかったことですら、こうも変わるものなのかと、せわしない鼓動の中で考えた。
ふと、未だ眠り続ける千尋が、猫のように身じろぎをした。
そのややすくめられた首筋に、昨夜自分が夢中になってくちづけた、鬱血のあとを見つけてしまい、今度こそ本当に動揺して思わず身を離そうとした。
…そのはずみに、ふとんのなかで、僕のつま先と千尋のつま先が、ぶつかって、しまった。
心の底からしまったと思った。心臓がこれ以上ないくらいの早鐘を打っている。こんなに焦ったのは生まれてこのかた初めてだ。
千尋がうーんと喉を鳴らして、むにゃむにゃと覚醒しようとしているのから目を離せないまま、空回る頭でどうしようどうしよう、と、ただそればかり考える。
そうして、ぱっちりと開いた千尋の瞳に、この上なく恥ずかしい顔をした僕が、はっきりと映った。