さとうとしお
七月後半から八月にかけてあったごたごたに加えて、何やかんやの後始末に追われていたら、部室に来る期間が空いていた。まあ、別に毎日活動しているわけでも強制的に集まらなければいけないわけでもないので、久しぶりだからといって気負う必要はまるでないのだけど。
物理部が占有しているパソコンは珍しいことに全てついておらず、佐久間はコンビニで買ったらしいパンを食べていた。三口で食べ終わる。
「お前、去年は毎日毎日部室に来てた癖にさ」
「……それを知ってる佐久間は、どんだけ暇人なんだよって突っ込んでいい?」
ため息をついて端のパソコンを起動させる。あの時のスパコンに比べたら考えるのもおこがましいようなスペック比だけど、僕はこの使い古しのパソコンがわりと好きだった。物理部の部室は校舎の端、目の前が木に覆われている場所にあって、八月の最初だというのにやけに涼しい。
「あれ?お前、マーシャルアーツなんかやれんだっけ?」
OZにログインしてひとまずキーボードから手を離すと、佐久間が横から画面を覗き込んできた。うん、まあ、少しね、などと曖昧に返事する。
「先輩の実家にお邪魔した時に、これのチャンピオンがいたからさ」
「キングカズマ?ああそっか、めっちゃ戦ってたもんな〜、え、何?鍛えてもらってるとか?」
「二回だけ。まあ、容赦ないよ。殴られてるのは画面だけなのに、終わったあと全身痛いような気がするし」
「肩の張りすぎなんじゃねえの?」
こん、と佐久間は画面上のキャラクターを叩いた。僕のアバターはあの黄色いのから元に戻り、気弱な姿でそこに立っている。佐久間は背もたれの深く寄りかかると、うーんと思い出すような声を出した。
「やっぱもっと強そうな外見がいいよな」
「いいよ、これで」
「あん時の、何だっけ?人工知能」
「ラブマシーン」
「そうそう、ラブマシーンみたいに」
「仏像はやだよ」
「違うって、こうさ、歯ァ出して笑ってただろ。ああいう感じ」
キシシ、とかって佐久間は真似をしているつもりなのか、歯茎まで出して笑ってみせた。僕は自分のアバターが乗っ取られた時のことを思い出してげんなりする。ホラー並みの恐怖だったのに。
「まあ、歯は置いておくとしてだ、なあ健二くん」
ホラー再び。椅子にもたれていたはずの佐久間が、何故かこちらにずりずり肩を寄せてきた。僕はヒィッとか叫びながら後退するが、キャスターが付いている椅子なので一緒に動いていってしまう。遊んでいるようだが僕の逃げっぷりは嘘じゃない。
「先輩とはどうなったんだよ」
「ど、どうって」
「あのアルバイトで仲よくなっちゃったんだろ?そして部室に来ない間に遊び倒してたんだろこのヤロー」
「さ、佐久間には関係ない……」
「あるっ!」
急にダンッ!と床を蹴り付けて佐久間は立ち上がる。僕が凍り付いているのに構いもせず、天井を見て語り出した。
「何でこの奥手には運があって俺にはないんだ!先輩が健二と仲よくなってしまったのはあの騒動のせいであってつまりは吊り橋理論!全く根拠がないというのにこいつは思い出し笑いプラス照れやがったという体たらく!あああああがああああ!!」
佐久間が壊れた。昼食をとったばかりだからエネルギーがあり余っているのだろうか?
僕がぽかんと口を開けている間に、佐久間の魂のシャウトが収まった。何事もなかったかのような無表情になり、椅子を引っ張って一番端のパソコンを点ける。
何をするのかと思いきや、佐久間はOZにログインした。しかしそれはいつものひらべったいやつではなく、妙に細長くて頼りない、僕のにそっくりなアバターで、
「っっっ!!!ていうかそれ僕のアカウント!」
がたがたっ、と転がりそうな勢いで佐久間のパソコンに飛び付く。佐久間はモニターをかばいながら、僕から目を背けた。
「どっどっどっどうして僕のに入れるんだよっ!」
「……バイトの時散々ログインフォームみたから覚えちった☆」
「じゃあさっさとログアウトしろっ!!」
「キャー健二クンダイタンッ!」
大胆違うから!佐久間がモニターはおろかキーボードに取り付いて離れないので、僕は最終手段として強制終了を選んだ。佐久間が悲鳴を上げている内に、自分のパソコンに戻りパスワードを今までの倍に書き換えておく。
「ちょっとログインしただけじゃんなー」
「トラウマトラウマ」
今度は読み取れなかったのか、佐久間が不満そうな声を出した。自分のやつに歯でも筋肉でも好きにつけておけばいい。