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璃琉@堕ちている途中
璃琉@堕ちている途中
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「I love you.」

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終電前の、皆が等間隔で座れるくらいの、比較的空いている電車に揺られていた私は、乗り込んだ彼に目を奪われた。
全身が鴉のように真っ黒で、鋭い眼差しの紅い、彼。
私の斜向かいの座席に腰を下ろし、長い脚を組むと、疲れたように溜息を吐いた彼。
イザヤ―――?
忘れるわけがない。十年くらい前だ。池袋の片隅で疲れてうずくまっていた私に、声を掛けてくれたのが、彼だった。



「ひとりなの」

またか。何度となく上から降った声に、いい加減うんざりした私は、無言で彼を睨めつけたのだ。

「っ、」

汚い夜闇と同じ黒を纏っているのに、何故、こうも鮮やかなのか。

「俺もひとり」

彼が笑って、私はその理由を悟った。

「ずっと、ひとりなんだ」

鋭いだけの眼が、紅いからだと。

「…あなたみたいなのでも?」

小さく尋ねると、私の隣にしゃがみ込んで、彼は「そうだよ」と頷いた。

「じゃあ、あたしがひとりなのも、しかたないかぁ…」

妙に納得して、私は俯いた。こんな男(ひと)がそうなんだから、私なら、当たり前だ。



それだけの関係だったのだ。たった、それだけ。
頭を垂れたままの私の傷んだ金髪を、撫でてくれただけ。
その手が、生きて来て一番、優しかっただけ。枯れたはずの涙を、溢れてぼろぼろと零れさせただけの。
何一つ変わっていなかった。鴉のような姿も、キツいだけの紅い瞳も。何も。だけど―――。

「はい」

懐から取り出した携帯電話を耳に当てた彼は、紅い輝きを細めて、破顔した。

「ごめん。今、電車だから」

笑っていた。

「降りたら、掛け直すよ」

あの彼が。

「うん、待ってて。すぐ帰るからさ」

紅い光を細めて、輝かせて。

「―――すきだよ」

イザヤが。
携帯電話をしまうと、彼は片眉を下げて、はにかんだ。それから、目蓋を閉じた。―――嬉しそうに。



ああ、―――良かった。



彼を見届ける前に、私は電車を降りた。
眠った彼は、きっと私の存在など、気づきもしなかっただろう。いや、そもそも、覚えてさえいなかったはずだ。だけど、そんなこと、どうでも良かった。
イザヤがひとりでないなら、それで良い。

「もしもし。あーごめんごめん、すぐ帰るってば」

私ももう、ひとりではないから。

「すきだよ」

何お前改まって気持ち悪い。
電話の向こうの照れ隠しに満足しつつ澄んだ夜空を見上げれば、今夜のイザヤに似た紅い月が、私を見下ろしていた。
―――やっぱり名前くらい教えておくべきだったかな。
一抹の後悔に苦笑し、私は足取りを早める。
家に着いたら、手入れを欠かさなくなった黒髪を、頭を撫でてもらおう。




『「I love you.」』