へなちょこマ王とじょおうさま 「1、日常」
慣れ親しんだ環境・仲間との別れの時期であれば、それは同時に新しい出会いの季節でもある。私はこの季節に生まれ、その日に私をこの世に産み落としてくれた母に次いで第二の、そして時には最大の理解者となるべき父親との別れを経験した。
15歳となったこの日、現在は2週間程度の短い春休みだが、誰もいない家にいても退屈なので通い慣れた中学校のグラウンドまでの道のりを何となしに歩いてみる。
散歩するだけならば、お金はかからなくて済む。それに今日は、彼らが練習をしていたはずだ。
父が早くに亡くなり、母親独りで育てられた私は何をするにも第一に“金”について考える子供だったといっていいだろう。
友達と遊びに行くときも公園で鬼ごっこなど走り回ったり、砂場で芸術的な城を作ったりすることに楽しみを見出し、当時小学校で同じクラスだった子のように家でテレビゲームを遊んだりゲームセンターへ行って遊んだりするのが得意ではなかった。
友達の家へ招かれてゲームをして遊んだことがあったが、私は機械に嫌われる性質らしく、彼彼女たちのように上手くキャラクターを操縦することができなかった。それはゲームセンターへ行って遊んでも同じことだった。
それよりまず、周囲の音に集中力を乱されてとんでもない新記録をうちだしたりしたものだ。誘って、当時でこそ何度か親切丁寧に教え込もうとしてくれた友人たちも、何度やっても上達しない私に愛想を尽かしたのか、今では個性として捉え、「逆にすごいよね」と笑っている。
私は教えられながらも、思考は常にゲームにかかる金銭についてだった。懸命に教えようとしてくれている友達をわき目に、「1回に200円とか高いよ!これやるの今日で5回目だから…げっ!1000円も無駄にしちゃったじゃん!?1000円あったらケンタッキーとかセットで食べられたのに!マックなんかセット2つはいけるよ!?」などと考えていたのだ。
このことは現在も、そして訪れるだろう未来にも決して口に出してはならない私だけの秘密だと、墓場に持って行こう、私はそう決めている。
ゲームに染まっている同級生の中で、私と同じ屋外での遊戯に夢中の男の子がいた。
彼の名前は渋谷有利。その後に原宿不利と言われるがままに本人が付けてしまうので、ノリがいいのか要領が悪いのか、人がいいのか…よくわからない。
けれどなにより無駄なお金のかからない遊びに夢中になっている彼が、悪い人であるはずがないのだ。根拠も何もない直感のような好意を、私は彼に持っていた。
そんな彼は私のクラスメイトであり、我が中学校の野球部だ。だが別にキャプテンとかエースとか、重要なポジションについているわけでは決してない。至って普通の平部員でベンチウォーマーだ。
けれど、私はそんな彼が結構好きだ。素敵だと思う。
なにか1つのことに情熱をかけられる同年代の異性と言うのはとても魅力的に感じられるのだ。彼はどんな練習でもとても楽しそうにこなすし、仲間とのコミュニケーションをとるのも上手い。
彼のような指導者ならば、みんな楽しく野球ができるのだろうな、そんな思いにさせられる顔を、彼はしながら白球を追うのだ。
現在の実の野球部指導者を見ていると、特にそう感じてしまう。
野球部顧問江頭は、毎試合ミスをした選手の中で必ず1人生贄を選び、試合後相手選手もまだ残っているその場で叱責を行うのだ。それが原因でこれまで何人の部員が辞めて行ったのか、大好きで入ったはずの部活動に失望して行ったのか、計り知れない。
こんな大人にだけはならないように気をつけよう!
そう思わせる、反面教師の見本のような大人なのだ、野球部顧問は。
日に照らされた5分咲きの桜を見上げながら、私の気分は穏やかならざるものに変化して行った。思い出すだけでも腹が立つ。
春特有の穏やかだが冷たい風が頬を撫でる。
まるで母さんが駄々をこねる私の頬を諌めるように撫でる、その感触に似ているようでなんだか嬉しくなった。
大好きな桜の向こうを見れば、そこには青い晴天。あんな汚れた人間のことを考えているのもバカバカしくなってきた。
桜が見ごろになると毎年“さくら祭り”と称して提灯が吊るされる桜の下を通り、学校への道を急ぐ。
手には家で作ってきたレモンの蜂蜜漬けが入ったエコバック。
スポーツで動き回る運動部の少年たちにはこれが喜ばれる、そう運動部に所属する友達から聞き出して来たのだ。
家で作れば作業の工程が楽しいし(蜂蜜に輪切りにしたレモンを入れておくだけだけど!)、差し入れした時に見られるみんなの喜んでくれる顔を「実は買いました…」という虚しい罪悪感なしに見られるし(そもそもレモンの蜂蜜漬けなんて売っているのだろうか?)、何より買うよりも安く済ませることができる!(ここが一番肝心!)
家で作る。
なんて素晴らしいことなんだろう。現代に生きる人間はなんでもかんでもコンビニに行けば買えると思って、家をなんだと思っているのだろうか?
外の店で売っている品物が、家で作れないわけがない!現代人はもっと家での作業を大切にするべきだ。そんなことではもしもサバイバル生活に突入した時に困るだろうに。
エコバックを肩にかけ、腕を組んでうねる。
「…っ!」
そうしていると前をしっかり見ていなかった罰か、小さな、目をこらさないと見えないような小石に躓いて転びかけた。
しかし、そこはなんの習い事をしていなくてもテニススクールやスポーツジムに通っている子にも体育で負けたことがない私だ。瞬時に体勢を立て直して何でもない風を装った。3,4歩進んでから挙動不審にもキョロキョロと見回してみるが、周囲には誰もいなかった。ただ桜の木だけが私の気まずいところを静かに見ていた。
商店街ではないが、そんなに田舎でもない場所のバスが通る道である。いつもなら遊ぶ小学生やら井戸端会議に夢中になるおばさま方まで人の気配は常時するのに、今日に限って人のいない通りに小さな違和感を抱く。
けれど今に限ってはこの違和感に助けれらたので、私は私の恥ずかしいところを唯一見てしまった目撃者たちに向かって小さく下を出してから歩き始めた。
あたたかい陽光の中に冷たい風が吹く。一陣他の風とは温度の違うものがあったかと思ったが、私は特に気にも留めずに足を動かし続けた。
通い始めて3年目を迎える中学校まではもうすぐだ。
作品名:へなちょこマ王とじょおうさま 「1、日常」 作家名:くりりん