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35:人形

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再び見たサルトビの白い肌、細い顎、薄く開かれた小さな唇、そして自分を見つめる澄んだ瞳に、ガルデンは射抜かれたように動けない。
「こうしたくはない?」
女はサルトビの顎に白魚のような指を静かに添えると、柔らかな仕草でその顔を自らの方に向ける。
ガルデンの手がピクリと動き、女は横目で笑いながらサルトビの唇に自分のそれを寄せる。
「待て」
ガルデンの声に女が動きを止める。
ゆっくりと振り向き柔和な笑みを浮かべ、サルトビの手を引きながら立ち上がる。

覚束ないながらも、サルトビが床に足をつく。
ガルデンが立った拍子に椅子が倒れ、その急いた様子に女がゆっくりと頷いた。
サルトビに近付くと、女はその体から手を離す。
ふらついたサルトビにガルデンは反射的に手を伸ばし、細い肢体を受け止めた。
思えばいつもこの少年とは刃を交わしてばかりで、こんな風に触れ合ったことはなかった。
見下ろすとサルトビと視線がぶつかり、白い顔が微笑んだ。
細められた眼も上がった口角も、初めて見る。
(こんな顔をしていたか?)
きつく睨む眼しか知らない。
あの日見た唇は苦痛に歪まれていた。

「ねえ?この子が欲しかったのでしょう?」

女がストールをなびかせながらガルデンの後ろに回る。
「ここに居ればいつまでもその子と遊んでいれるわ…。ね、3人で楽しく暮らしましょう」
広い背中に掌と額を当てしだれかかる。
ガルデンは微笑んだままのサルトビの顔へ手を伸ばす。
その背中で女は満足そうに笑う。

「見くびるな」

スラ、という音の方向に女が顔向けると、ガルデンの手に光る物を見つけ息を飲んだ。
「やめろッ!!」
女の制止を聞かずガルデンはサルトビの首元を押し突き飛ばすと、剣を胸に突き刺した。
刃に貫かれたサルトビの体からむせかえるほどの花の香りが噴き出し、鋭い断末魔がガルデンの耳をつんざく。
しかし苦しみ悶えたのは女の方で、サルトビは穏やかな笑みを浮かべたままガルデンの瞳を見つめていた。
「お…おノレェ…ッ!何てコト…何てことをォォッ!!」
女の腕がギチギチと怪音を立て、柔らかな肌は何本もの植物の蔓の集まりへ変わった。
蔓は痙攣しながらガルデンの首を目指し伸びる。
サルトビの頬の傷と、唇の間から赤い花弁が数枚零れ、ガルデンは目を瞑り突き立てた剣をえぐるように回した。
「アアッ!!アアアアアアアアァァァァ…ッ!!」
一層悲鳴が大きくなり、そして消えていった。
肩にかかった蔓が落ち、ガルデンは目を開ける。

眼の前にはサルトビではなく、大きな赤い花が剣に貫かれ枯れていた。
品の良い家具で形成されていた部屋はただの岩と枯れた蔓で埋められた洞窟に戻っている。
ガルデンが剣を引き抜くと蔓がずれ、絡みつかれたままのミイラ状の死体がごとりと揺れた。
「妖花か…」
甘い香りで人を誘い、幻術で獲物を惑わせその精気を吸う。
そういった魔物が居るとは聞いていた。
「案外つたない幻術だったな」
造形はともかく、所作や表情はサルトビとは似ても似つかないものだった。
本物のサルトビは頑なに素顔を隠し、意思のある瞳でガルデンを睨む。
(サルトビは、)

―この子が欲しかったのでしょう

「っ、」
妖花の言葉が脳裏に蘇り、ガルデンは剣を鞘に収めるとマントを翻し足早にその場を立ち去った。
(そんな筈がないだろう。奴は、奴と私は…)
苛立ったようにガルデンは頭を振った。

それでも、あの微笑が瞼に焼き付いたまま消えない。



Fin.
作品名:35:人形 作家名:ぼたん