残り香
残されたのは、たくさんの瓦礫と、ほんの少しの残り香だけ。
「なにしてるんですか、土里さん」
「…駿河」
「知ってるんですよ。土里さん、このところ毎日のようにここに来てますよね。もうこの現場には俺くらいしか残ってないっていうのに。そんなに俺のこと好きでした?」
「駿河…あんたどこにいるの?」
「は? …あ、もしかして俺のことを連れ戻そうとしてるんですか? 勘弁してくださいよ。俺、やっと母さんに会えたんですよ? だから、邪魔しないでください」
「…そんなの、幻じゃない」
「…なに?」
「駿河、あんた本当にそれでいいの? ここにいる限り、あんたは本物のお母さんとは絶対に一緒になれないんだよ」
「俺を惑わそうとしたって」
「それに、もう一人。あんなに大切だった妹さんのこと、まさか忘れたわけじゃないよね」
「…」
「あの子は、あんたのことを嫌いになったわけじゃない。駿河が自分の兄だったって、ちゃんと認めてる。そんな妹さんとも、もう二度と会えないんだよ。わかってるの」
「……」
「駿河、一緒に帰ろう。お母さんの隣に埋めてあげる。妹さんだって、駿河が帰ってくればきっと喜んでくれるはずだよ」
「…………俺は」
「もう、強がらなくていいんだよ」
「俺は…っ」
「やーごめんごめん。この辺もう何もないんだな。忘れてた。トイレ探すのにずいぶん時間かかっちった」
「…」
「ん?どうかした? そういやなんか話し声してたけど」
「いえ…」
「なに、まさか幻覚でも視てた?…って、もうここにはFLの成分なんて残ってないんだけど」
「そうですよ。変なこと言わないでくださいよ、岩田さん」
「冗談冗談。じゃ…帰りますか」
「……はい」
「また、来るからね」
ここにはかつて、たくさんの人々が、強く、そして不真面目に生きていた。
残されたのは、たくさんの瓦礫と、ほんの少しの残り香と…孤独なマッチ売りの青年だけ。