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忘れて良かよ【印普】

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乱れた呼吸を整える為に肩を大きく揺らして深呼吸する背中は、不思議な違和感を引き連れていた。
 実の所、存在は知っているけれど面識の無い、存在。亡国。人とは呼べない俺達のような『国』の中でも特異な彼を呼ぶ言葉が見つからず、俺は何も知らないフリをして今はlostした名前を呼んでいる。
 薄っぺらな液晶画面の中で知り合った彼――プロイセンは、噂に聞く乱暴で粗雑なイメージとは妙に似合わない穏やかさを滲ませていた。荒々しく領土を奪い合った時代が既に昔の話なのだと、思い出される心地がして息を飲む。
 しっとりと汗ばんだ項に短い後ろ髪が張り付いていて、熱を持っているだろう其処へ触れてみたい衝動を持て余してタオルを掛けて隠した。
 白い肌の頬を上気させ、双眸を細めた男がニィと口角を引き上げる。
「お、ダンケ!お前は流石に慣れてるなぁ」
 ダンスってのは難しいもんだな、と始めたばかりの頃から繰り返しながらも、持ち前の運動神経の良さで大抵のステップも振り付けもこなした彼が子供臭い笑みでフロアの床に置いていたペットボトルの水へと手を伸ばす。
 もう一ヶ月近くが経つ、と不意に意識してしまった。
 それを長いと思うか、それとも短いと思うかは考えてはいけない気がして放棄する。パーティ当日を待ち遠しく思う反面、その日が来てしまえば逢う事もなくなるのだと思っている時点で深く考える必要性など無いのだから。
 押し黙るコチラへ、ダンスフロアの壁一面に張られた鏡越しに彼が不思議そうな視線を送ってきている。
 不安そうなそれは、あまり心地が良くない。
「…どーした?やっぱ、まだ変か?振り付けは覚えたと思うんだけどよ…」
 剣舞の類は得手としている彼だが、中世の舞踏会で必要に迫られて覚えたというワルツなどのダンスには苦手意識が残っている為にか、リズムに乗ると言う点においてぎこちなさが取れない。それは彼自身も自覚をしていて、バックダンサーと一緒の合同練習を終えた後でも、こうやって個人的に練習をしていたりする。その真面目さは誰にも好印象を持たれて、お節介の多いダンサー達が敢えて何も知らぬフリをして彼の居残り練習を邪魔しないようにしていたりもした。
 最初から最後まで結構な運動量のある俺の国のダンスを、通しで何度踊っただろうか。
 震える手が、ペットボトルの蓋を握り締めた儘で動かない様子に苦笑が浮かぶ。
「そげん変な事なかよ。寧ろ、この短期間で踊れるようになるとは思わんと、たまがっとうばい」
「ぁー、そか…」
 フイっと顔が逃げた。
「どうせなら、」
 僅かに震える手からペットボトルを横から取り、その蓋を回し開けて彼の手へと戻す。一瞬驚いて目を大きく見開いて、スグに気まずそうに「ども」と小さな感謝の言葉が返ってくるのが胸に、唐突に重さを持たせるのだと誰も知らない。俺も。
 曝け出された白い咽喉、首筋から鎖骨へと滑り落ちていく汗、か弱さなど微塵も感じられない筈なのに消えてしまいそうな何かを持った薄い躰。
 どこからどう見ても男だと判る体つきは、それでも噛み付きたくなる衝動を持たせるニオイのようなものを放っていて性質が悪い。嗚呼、それをフェロモンとでも呼ぶのだろうかと空寒い考えに背筋へ冷たいものが走った。
 どうせなら、貴方をヒロインにして、
 口走りかけた言葉など知らない彼は、ペットボトルの中身を半分ほどまで一気に飲み干すと小さく吐息を洩らす。熱っぽい、
「プロイセン…くん」
「君とか要ら、な……っ」
 苦く笑った顔がコチラを向くのを待ち構えるようにして、その唇へ喰らいついた。衝動的だった。頭の隅っこで冷静な自分が制止の声を上げるのを他人事にしながら、薄い唇の存外に柔らかい感触へ歯を立てて何度も甘く噛み付く。開いた隙間から彼の口の中へ舌を押し込むのも、その熱い内側の熱が欲しいからだ。
 しっとりとした銀糸の髪が指に絡みつく事さえ気持ち良かった。右手で彼の頭を抱えて、左手で顎を引き上げる。逃げるのを赦さない、そんな強引な口付け、女性相手にだってした事ないのに。それでも足りない、と胸の奥が彼を求めて呼吸困難になる。
「…ふあ、…ん、ッ…!」
 胸の前に置かれた彼の手は、拒絶の為のものだったのか。襟元を掴んで引き寄せるようなその手は、もっと、とせがまれているようにしか考えられなかった。考えたくなかった。
 舌と舌を絡ませ、唾液を混ざり合わせる。頬の内側、上顎、舌の下に隠された柔らかい粘膜を強引な位の乱暴さで撫で回す度、鼻の奥から小さく声が漏れる。ビクリと揺れる躰が、嗚呼美味しそうだと目移りして笑えた。
 下唇に噛み付きながら、ゆっくりと顔を離す。熱い吐息が離れたばかりの唇を追って吐き出された。
 目元を赤く滲ませた、明るい赤の眸が俺を写している。
「…な、ん……」
「君付けを取ってしまったら、貴方は俺の特別だ」
 否。もう彼は特別だった、俺にとって。
 あの日、ハロウィンで目立ちたいと呟く彼を見つけて声を掛けた日、どうして彼だったのだろうかと考えてしまう。本当は一人で踊っても充分に目立つ自信があったし、ダンサーの女性と組んで完全なインド映画仕様にする案もあった。だのに。
 惹かれた、なんて綺麗な言葉じゃ無い。欲しいと、躰が欲した。
「……インド、?」
 国同士が使う言語は、自国の公用語によって訛りのようなアクセントの違いが生まれる。彼と初めて対面した時も、自分の訛り言葉が彼に伝わらずに少しだけ苦労もした。もっとも、文章などを意識した文語では標準語を使用出来る程度に、訛りを取る事だって出来る。英連邦に属した利点、とでもしておこうか。
 急に言葉を正した俺を真正面から見つめ返す彼は、眉を寄せて困惑を隠せないでいた。泣き出しそうな子供は唇を艶かしく濡らして情欲を掻き立てている自分に気付いても居ない。
「忘れて良かよ、今の全部。パーティの本番が終わるまで、おまんには邪魔なもんばい。…ばってん、」
 折角ここまで練習したものを壊すのは気が引けた、と言えば聞こえは良いけれど結局は自分が逃げたいだけ。それでも譲れない俺の熱に、漸く呼吸の落ち着いてきた彼が「え?」と吐息のように洩らす。
 名残を惜しんで、俺は赤く色付いた彼の耳へ顔を寄せた。

「終わったら、貰いに行きますから。全部」

 貴方の返事も。貴方のゼンブも。



















グッドエンド >> ダンスが終わった興奮の余韻でスーツ同士(R18)
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トゥルーエンド>> パーティが終わってから正式に告白。清い交際がスタート(健全)
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→ デッドエンド >> 「お前のおかげでスゲー楽しかったぜ!これからも仲良くしような!…ん?アノコト?ワリ、くしゃみしたら忘れたぜ!」(玉砕!)





To Be Continued
作品名:忘れて良かよ【印普】 作家名:シント