あなたを慕う
なにこれ。
それを見て一番最初に口を吐いて出たのはそんな言葉だった。
花、と男は律儀に、しかし淡白に答える。いやそれは見たらわかるよ。なんでそんなもん持って来てんのって聞いてんの。つかまず俺ン家に何の用事。殴りたいんなら別の日にしてよね。今日はそういうのはお断り。あと家壊されんのもイヤだし。どうせ修理代、シズちゃん出せないんだろ。ここまで話すあいだも男はだんまりを決め込んでただ花束をこっちに突き出すようにして俺の部屋の前に立っている。いやいやいやいや。なんだこの反応。シズちゃんらしくもない。俺はすこしばかり、いやかなり当惑する。いつもならこのへんで何かしらが飛んでくるはずだ。それを俺は見切ってかわす。言葉でくるくると惑わしてお帰りいただく。それでいい。彼と正面きって対峙するのはとうの昔に諦めた。シズちゃんは人の言葉に裏側があるということすらわからないトウヘンボクだ。高校生やってたころの俺はそのことに気づかずたくさんの想いを言葉にこめてぶつけてたワケだが、今の俺はもうそんなことはしない。無駄だと悟ったんだ。
当然、どうせ今日が俺の誕生日だなんてことも忘れちゃってんだろうと何の期待もしてなかったところにこれだ。意味がわからない。
「…なんで」
「おまえ今日、誕生日だろうが」
「だけど」
「…だから、その…これ」
やるよ。そう言ってシズちゃんは手にした花々を一層俺のほうへと近づける。受け取れという意味なんだろう。だけど。
「なんで…シズちゃん俺の誕生祝ったことなんかなかったじゃない」
「なんでって…おまえ言ったじゃねえか」
「なにを」
「なにをって、おまえ、忘れたのかよ」
「忘れたって、」
なにを、そう聞こうとして思い出す。10年前の俺を。そう、まだシズちゃんに伝わる言葉なんかないってことに気づいてなかった幼かった俺がはじめて、何の真意も他意もなく吐いた、くだらない戯言を。
『ねえシズちゃん、俺の誕生日、5月4日なんだよ。もしもシズちゃんが10年経っても憶えてたら、そのときはちゃんと盛大に、おもいっきり心こめて祝ってね』
「…あんなの憶えてたの」
「わりいかよ」
「悪くない、けど」
「おら、受け取れよ」
ちゃんと、心こめたぞ。乱暴に押し付けられたそれは特有のひどく好いにおいがした。
「これ、百日草だよね」
「…おう」
「…誕生花とからしくないの」
「うるせえな」
「…まさか花言葉まで考えてたり…とか」
「わりいか」
「…うそでしょ?!」
「わりいかよ!!」
ねえシズちゃん、本気なの?本気ならばちょっとそれ、ちゃんと真顔で言葉にして言ってみてよね。俺が今までシズちゃんに渡したきもちにはそれくらいの価値はあると思うよ。
『あなたのことをお慕いしています』