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蒼天から墜ちる光の如く

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目を開けると、視界一杯に蒼が広がった。
 どれくらいこうして転がっていたのだろう。身体に力を入れてみる。動かない。だが、致命傷ではない。どこまでも憎らしい男だ、と思う。思い浮かべた男は、どうやら今はこのあたりにはいないらしい。
 私は敗北したのだ。もう果たすことはできないだろう。怒りや悲しみは何故か感じられず、ただ虚無だけが胸を支配した。いっそ殺せと叫びたかった。それさえ叶わない。
 血の匂い、遠くで飛び交う怒号。戦の勝敗はもう決している。刑部のことが気掛かりだったが、もはやこの身体では、例え彼が死に瀕しているとしても、もうどうすることもできない。

 ざり、と、地を踏む音が耳に届いた。
 なんとか首を動かして音の元を辿ると、挑発的な笑みを浮かべた隻眼の男が一人、こちらへ向かって来ているのが目に入った。あの苛立つほど蒼い空から墜ちてきたような色を纏った男だ。私は黙ってその男を見つめていた。
 「よぉ、石田。随分ボコボコにされたみたいじゃねぇか」
 小馬鹿にしたように、言う。
 「……何の用だ」
 まさか助けにきたわけではあるまい。この男には見覚えがある。家康に与する憎むべき男。だが、それだけではないような気がする。頭の片隅に、微かに張り付いている表情。驚愕と憎悪、そして絶望。自らの命が絶たれる時に見せる絶望の面は、幾度も見てきた。その一つ一つを、いちいち覚えてなどいない。しかし、記憶の底にこびり付くその顔は、そういった類の絶望とは異なっていた。だから、しつこく頭に残っていたのだろう。
 記憶を辿っていると、ふふん、とせせら笑うような声が聞こえた。首を斬り落としてやりたい衝動に駆られたが、生憎それは叶わない。拘束はされていないようだが、指一本さえ動かせない。
 「不様な凶王さんの姿を拝んでおきたくてな」
 無礼極まりないその言葉に激しい怒りを感じて、男を睨みつける。男はそれを気にしないどころか、むしろ嬉々としているように見えた。それから、と言葉を継ぎながら、男は刀を抜く。よくよく見ればその腰には六本の刀がぶら下がっている。面妖な男だ。男は抜いた刀を私の首元に付きつける。
 「アンタに選択肢を与えにきた」
 「選択肢、だと?」
 「ああ。アンタに残された道は二つに一つ。一つは、アンタが憎んでる男に助けられて生き永らえる事。もう一つは、今ここで、名前も知らない男に手を下される事。……さあ、どうする?」
 「何故、私が貴様の名を知らないとわかる?」
 こんな状況で何を問うているのか、我ながら呑気なことだと思ったが、ごく当たり前のように私が男の名を知らないと言い切ったことが不思議に思えたのだ。
 だから問うたのだが、その瞬間、今まで不敵な笑みを浮かべていた顔が、憎悪に歪められた。その目の奥には苛立ちが滲んだが、同時にどこか哀しそうな色がちらりと揺れた。
 「それも忘れちまったってか……。所詮アンタにとって、俺はっ……」
 後に続く言葉を飲み込んで、男は頭を振った。
 「期待なんかしちゃいなかったが、やっぱりアンタ何も変わってないんだな。答えてやる義理はねぇ。それで、アンタはどっちを選ぶんだ?」
 家康に憐みを掛けられるか、今ここで命を絶たれるか。答えは決まっているようなものだ。
 だが、答えを告げる前に、どうしても聞いておきたかった。
 「何故、貴様はそのような選択を提示した」
 「Ah?」
 「勝敗は決した。私のことなど捨ておけばよかろう。」
 どのみちこの身体では、この場から逃げ出すことなどできはしない。家康が私をここで殺さなかったのは、大衆の面前で私の首を落とす為だろう。私の首を以てして乱世の終焉を宣言する家康の笑顔を想像するだけで、虫唾が走る。とにかく、この場で私が息絶えるのは家康にとってあまり好ましい事態とは言えない。仮にも一軍の将らしいこの男にも、その程度のことは理解できるだろう。ところがこの男は、それを捻じ曲げて私に先のような問いを投げかけた。それを不思議に思うのは、当然のことだ。
 男は何故か驚いたように目を見開いた。そうしてやや困惑するような素振りを見せる。苦しげな表情だが、何故男がここまで苦痛を感じているのか、私には理解できなかった。やがて男は、絞り出すように言う。
 「……家康がアンタを殺すなって命を下すなら、俺は従わなくちゃならねぇ。そうなる前に、俺が、この手で、アンタを、」
 殺したかった、と。だがきっと、それがこの男の本心の全てではない。きつく唇を噛みしめるその様が、それが真実ではないと物語っている。そうとは知っても、私はその答えで納得せねばならないだろう。男は決して、その心を見せるつもりはないようだから。
 「ならばさっさと殺せ。もうじき家康が戻ってくるだろう」
 「……それがアンタの答えなんだな?」
 「奴に情けをかけられ生かされるくらいなら、今ここで貴様に殺される方が、マシだ」
 それは紛れもない本心だった。ここで絶命してしまえば、家康の下らない企みを阻止することができる。もはやこんなことでしか復讐を遂げる事のできない自分が情けなくはあったが、このまま何も成せずに終わることだけは断じて許容できなかった。
 それに、不思議なことに私は、どうせ手を下されるならこの男にと思い始めていたのだ。どこで会ったのかなどということは思い出せなかったが、恐らくこの男は執念深く私を追い続けていたのだろう。募った憎悪に燃える眸が、それを物語っていた。この男の目には私しか映っていない。私がこの眸に家康しか映さないのと同じように。
 男の顔を正視する。視界に捉えるだけではない。意識を、目の前の私を殺そうとする男に集中する。あの喪失の日以来、家康以外の事物にこれほどまでに意識を向けるのは、初めてかもしれない。すると男は先程まで張り付けていた嘘くさい笑みではなく、心底嬉しそうな笑みを見せた。
 「アンタ、やっと俺のことを見たな」
 男が、首元に付きつけられていた刀を振り上げる。目だけを動かして、その様子を眺める。日の光を受けて、きらりと光る刃。青空。隻眼の男。
 刹那、頭の中に一つの言葉が閃いた。閃いたと同時に、その言葉が、音となって流れ出した。漠然とではあるが、理解できていた。この言葉こそが、男が最も欲していた言葉なのだと。何故この言葉が欲しかったのか。それは知り得ぬ事だ。だが、この言葉を、今ここで男に掛けてやらねばならぬという思いだけが、確かに心を占めていた。

 「伊達……政宗……」
 
 その音が、伊達に聞こえたのかは分からない。勢いよく振り下ろされた刀と、隻眼から零れた水滴が陽光を美しく反射する様とを見て、私の意識は再び暗闇に閉ざされた。



‐了‐
作品名:蒼天から墜ちる光の如く 作家名:柳田吟