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ネメシスの微睡み~接吻~微笑

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ネメシスの接吻 6



 今は月影に抱かれるように寝台で眠るシャカをそっと見下ろす。先ほどまでは速い呼吸で珠の汗を浮かべ苦しげであったが、ようやく施された処置が功を奏したようである。まだ湿り気を帯びた肌に触れれば、じわりと冷たさを伝えた。



『――傷自体が深手だったことよりも、むしろ全身に回った毒が相当厄介ではないかと。今、こうやって生きている事さえ僥倖と思えるほどです。今後幾度も山を向かえ、“万が一”ということもありえます。上手く山を乗り切っても、何らかの後遺症が残る恐れもあります。全身の深いところまで蝕んだ毒素を浄化する手立てはこれ以上ございません。あとは教皇様の御力とバルゴ様の生命力に賭けるのみ』

 治療にあたっていた医師たちが、揃いも揃ってまるで死刑宣告を受けた虜囚のように生気のない顔で、深く頭を垂れながら告げたのは半刻前のことである。
 おかしな話だ。死刑宣告をしているのは当人たちであるというのに。余程、教皇の――私の怒りを買うのを恐れての事なのだろう。
 フッと仮面の奥で笑いを噛み締めた。もうすべきことは何もないというのだから、この場に留まらせても邪魔でしかない。労いの言葉を掛け、退去するよう命じると一様に驚きながらも殊更深々と辞儀をしたのち、そそくさと彼らは立ち去った。
 彼らの見解を聞いた事で、己の意志はすでに固まった。
 あのおぞましい“地獄”に耐え、生き抜いた唯一の子。黄金聖闘士とまでなったシャカの生命力は計り知れない。
 ――ただ、今は弱り切っているのは確かである。そして、そんなシャカが求めたのが誰在ろう自分自身だとすれば、私が取るべき行動は一つだった。
 側に控えていた従事者が何かいわんやとする前に伝家の宝刀で制した。

『――これより先“瞑想”に入る』
『ですが、しかし……いえ、承知致しました。それではこれより全ての教皇業務を我らが恙無く執行致します』
『では、任せる』




 そして彼らもまた引き下がり、ここは静寂の間と化した。
 教皇の座を放置するなど愚かな行為でしかないというのは重々承知の上である。だが、再び私に熱い血を巡らし、目覚めさせたシャカの呼びかけに応えぬ事など到底できなかった。
 それがたとえ、刹那の時であろうと。ましてや更に業苦を背負うことになったとしても、シャカが私を呼び、必要としているのならば喜んで応えようと思うのだ。

「さぁ、行こうか、シャカ」

 横たわるシャカを抱き上げる。いくらシャカが痩身の身であるとはいえ、幼き頃よりもずっと両腕に重さを伝えた。それは欠けた時の重さでもあるのだろう。
 目を閉じ、意識を集中させる。
 異次元の彼方へと追いやり、置き去りにされた心が留まる場所へと繋がる扉を探り当てた。時の彼方、闇の狭間で凍り付いていた扉がゆっくりと溶け出し、開かれていく。
 やがて扉の内側から春の木漏れ日が溢れ出す光景を眩しく見つめた。二度と訪れる事など決してないと思っていた“あの場所”が、寂びた灰色から色彩を取り戻していく有様を見て微笑んだ。

「今一度、おまえに命を吹き込もう。あの時のように」

 死者の中でただ一つ輝いていた命。再びの息吹を与える事が今行うべき私の道なのだろう。いずれバルゴと相対することがあったとしても、今は“シャカ”を救うことだけにただ突き動かされていた。
 シャカに視線を向け、一歩大きく足を踏み入れると心地よい衝撃が身体を突き抜けていく。それは嘲笑うネメシスがそっと頬に接吻を与えたかのようだった。
 


Fin.