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ネメシスの微睡み~接吻~微笑

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 ――あの日、あの時、立ち会った教皇。

 聖域に、女神に、命を捧げるようにと暗黙のうちに命じたのは他ならぬ当人である。そして共に傍にいた輝ける黄金聖闘士の二人の姿は、今はなかった。
 一変してしまったこの世界。長い間離れていた聖域に戻ったのは昨日のことである。ふと、優しい風と温かな光が恋しくなって、もう戻ることのない過去を自宮でひとり、偲んだのだった。

「フッ。おまえでも、感傷に浸ることはあるのだな。我らはただの道具でしかないのに。敢えて人の真似事をするのか。それにあの頃は、おまえにとって、決して楽しいことではない、むしろ苦痛のほうが多かったのではなかったのか」

 鋭く抉るような言葉にチリッと痛みが走ったような気がした。教皇から見れば、聖闘士などいくらでも替えのきく道具でしかないのだろう。それは黄金聖闘士であっても同じということか。
 ――それはいい。そうあるものだと思っている。けれども、痛みが走ったのは『人の真似事』と言い放った言葉によるものだった。何故だかわからないが、鋭く突き刺さったのである。苦しくて、痛いのだ。
 どこか自虐的にも聞こえる言葉を気怠げに吐き出す教皇の手招きに応じながら、答える。

「たとえ、道具であっても。過去を記憶する機能は持ち合わせておりますゆえ。それにその記憶は私にとって、至福の時でありました」

 教皇の間近で膝を落とし、俯いた。すっと伸ばされた教皇の手が顎にかけられ、上向かせられるままに見上げる。

「ほう。では、シャカよ。おまえにとって今は――地獄か?」

 仮面の面が鋭く問いかけた。血の通ったはずの指先は冷たく、ひどく遠いもののように感じられた。

「地獄でも天国でもなく……人の世でしかないのかと。治める者の手によっては天国にでも地獄にでもなり得るのではないでしょうか、教皇よ」

 諌言めいた言葉を吐き出しながら、どれだけの真実を見つめてきたのか計り知れぬ、真の姿を隠す仮面を見つめ、さらに疑問を投げかける。

「そして、あなたは……どちらを目指すのでしょうか」
「おまえにいちいち語る必要はなかろう。おまえは与えられた命をこなせばいい。何も考えず、ただ黙々と。他の者とて文句も言わず勤しんでいるのだから……ということで、おまえを呼び寄せた。やってもらいたいことがある。詳細を記した書を事務方から受け取れ。余が望むのは聖域の栄光、発展である――扉を開けよ。バルゴが出る」

 返答も許されず、踵を返した教皇は天井から垂れ下がるカーテンで仕切られた奥の間へと姿を消した。
 背後でガチャガチャと鍵が開けられていく音にようやく我に気づいて立ち上がる。その表情は入った時よりも、なお、厳しいものとなっていた。「やはり……」と深い疑惑が確信へと変化していく。

「教皇、あなたは一体……誰なのですか」