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ネメシスの微睡み~接吻~微笑

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 夜の帳に支配され、恐らくはもう深夜と言ってもいい頃。部屋の前でヒソヒソと押し殺した声と人の気配で目覚めた。殺気が感じられないため、恐らく、ここの職員たちなのだろうと身体が要求するままに眠りに身を委ねていたのだが。
 かちゃり、と静かに扉が開けられ、一人が中に入った。
 そしてもう一人、後に続こうとする気配があったが、「よい、そなたは外で待て」と押し止められていた。「ですが、教皇――」と言いかけた言葉は遮られたようだった。

 教皇?
 教皇が何故ここに……

 起き上がろうとしたが、眠りを貪ろうとする身体が言うことを聞こうとはしなかった。静かに気配を殺して近づいてくる者は教皇その人であろう。
 ベッドの傍まで来て、しばらくそのまま佇んでいた。一体何を思い、私を見ているのか。みっともなく倒れた私を嘲笑っているのだろうか、教皇は。
 そんな被害妄想さえ沸き起こりながら、教皇の真意を推し量ろうとしたその時。
 そっと私の頬を指先が撫でた。それがあまりにも優しいものだったから、吃驚した。そして額にその手が翳された。少しひんやりとした掌がほんのりと熱を帯び始めた。小宇宙の流れを感じた。
 
 それは癒しに満ちたもの。

 人を感じさせない、冷淡さに包まれていた教皇が私に癒しを与えるなど、青天の霹靂である。その教皇の翳された掌から流れ出す小宇宙が、春に吹く柔らかな風のような、穏やかに打ち寄せては引く細波のように私を満たす。
 それはサガの面影を見るようで。自然に涙が溢れ出た。
 翳されていた手が動き、優し過ぎる指先が涙を拭った。しばらくの間が過ぎたあと、そっと教皇の身体が近づいたと同時に、額の朱印あたりに柔らかな感触が与えられた。それは幼い私にいつもサガが施してくれた儀式。
 
 眠りへと誘う、甘いくちづけ。

 ああ、教皇よ。
 あなたは私に幻を見せるのか。
 残酷で甘美な幻を。

 私は振り払うことも、逃れることもできずにサガの面影を求めて精神(こころ)を彷徨わせる。
 私の精神は……雁字搦めに碧い焔に包まれ、焼かれ、深い海の底に沈む花のように微睡んだ。


Fin.