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ワインをどうぞ

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「なんだこれ?」

帰って早々、部屋のど真ん中に置かれた一本のビンに蒼葉の目は釘付けになった。
家を出る前はこんな物なかったはずなのに。
奇妙に思っていると、その状況を作り出したであろう男が
パソコンを弄っていた手を止めてこちらを振り返った。
ノイズだ。
初めて出会った頃印象的だった顔のピアスは全部無くなっていて、
服装もスーツ。けれども、態度と行動だけはあまり変わらない。
気だるげな表情で、口を開く。

「・・見りゃ判んだろ。ワイン」
「いや、そゆこと聞いてんじゃなくて・・ってお前また俺の部屋に不法侵入かよ!」

こういう状況はよくあることだ。
何処で待ち合わせだの、何処へ行くだの、そのようなやりとりは
蒼葉とノイズにはあまりない。
主にノイズが蒼葉の職場に直接顔を出すか、こうして
蒼葉の部屋に勝手に上がりこんでいるか、どちらかなのだ。
そして我が物顔で蒼葉のパソコンを弄りながら家主の帰宅を待つ。
ノイズは蒼葉の叱責にも堪えることなく短い単語で会話を続けようとする。

「飲める?」
「・・・ワインか?うーん・・・あんま飲んだ事無いな」
「・・・・・ふーん」
「ノイズ?」

蒼葉が正直に答えると、ノイズはおもむろに立ち上がり、
少し離れた場所にあった鞄からワイングラスを取り出した。
何でそんな物まで用意しているのかという蒼葉の心を
全く読まぬ仕草で、ノイズはグラスをひとつ、ずいと蒼葉に差し出す。

「はい」
「・・・・・はい・・って・・・えーっと?」
「飲めよ」

あまりにも唐突なその言葉に蒼葉の頭が痛くなる。
何故、何故こいつはこんなに言葉が少ないのか。
説明能力と言う物が欠如しているんじゃないのか。
はぁ、と大きく溜息をついて蒼葉はノイズに視線を合わせる。

「お・・っまえ・・なぁ・・」
「何」
「何でそう唐突なわけ」
「・・・・じゃあどうすりゃいいんだよ」

全く持ってわからないと言う風に眉を寄せられ、
蒼葉は頭の中でどう説明すればいいものだろうかと
パズルのように思考を組み立てる。
しかしなかなか上手くいかない。
面倒臭くなった蒼葉は、頭をがりがりと掻いて
考えている事をそのまま口にした。

「あー・・いやだからお前がワイン持ってきてどうしたいのかって事を俺は」
「アンタと飲みたい」
「っ」

突然甘えるような声を出され、ぐっと言葉に詰まる。
蒼葉は以前にこれを卑怯だと称したことがあった。
しかしノイズはこれを計算でしている時と
自然にしている時との区別が付きにくい。
そこまで読めるようになりたいと、蒼葉は願うのであるが。

「それじゃダメ?」

更に小首を傾げる様に言われ、見つめられる。
可愛い少女がしている訳でもないのに何故か愛しく見えてしまう自分は
大分おかしいんだろうと考えながらも
甘えられているという実感が蒼葉の中にひしひしと湧き上がる。
打算かもしれない。
しかし蒼葉は、とことんこの声と目に弱かった。

「ダメ・・・ではない・・けど」

ノイズの目を見つめていられなくなって
視線を逸らしながらしどろもどろに言うと、

「じゃあいいじゃん」

一転、元の状態に戻ったノイズがワインの栓をぽんと開けた。
まるで蒼葉が許すと思っていたかのような素早さ。
今のは計算かと蒼葉が詰め寄るより前に、
ワインの芳醇な香りがぷんと鼻に入った。

「っ・・すげ・・・いい匂い」
「ドイツのワインだって。家からくすねてきたもんだけど」
「は・・はぁ?!おま・・それ・・いいのかよ・・」
「いんじゃね?別に犯罪じゃねぇだろ」

相変わらず低い声で淡々と言葉を返してくるノイズに、
蒼葉はどう言えばこの傍若無人な振舞いがなおるのかと内心頭を抱えた。
今までに何度と無く説教してきた蒼葉だったが、
それが素直に聞き入れられたことはほぼ無い。
今回も馬の耳に念仏だと半分諦めながら、もう半分の期待を胸に口を開くが。

「・・・・・・ノイズ」
「説教はいい。とにかく飲めよ」

いつの間にかグラスに入れられたワインを手渡され、
言いかかっていた言葉が全て喉の奥に引っ込んだ。
ちらりとノイズを見ると、余計な事は言うなと言う目で蒼葉を睨んでいる。
いや、実際は見つめている、のであろうが。

「・・・なんでお前そんなに飲め飲めって言うんだよ・・」

その視線から逃げるようにワインに視線を落とす。
赤いその酒からは凄くいい香りがして
酒にそんなに詳しくない蒼葉でも、高級なのであろう事はわかった。
じっとその液体を見ていると、それにノイズが映った。
少し、距離を縮められたらしい。
ワインに映ったノイズが、口を開く。

「アンタを酔い潰させたいから、かな」
「・・・・・・・え」
「一回やってみたいんだよな。酔ったアンタを抱くの」
「な・・・・っ」

とんでもない事を言われて思わず顔を上げる。
目を細めていやらしく笑うノイズと目が合って
思わず頬が熱くなってしまった。
言葉の出ない青葉に、ノイズは追い討ちをかけるように言う。

「楽しみにしてるんだぜ、オニーサン」

お兄さん、と、年上であることを強調するように言ってきた
ノイズに、蒼葉の顔の温度はますます上がるばかりで。

「そ・・んなもん楽しみにすんな、バカ!!」

無遠慮に送られる視線を振り切るかのように蒼葉は
手にしていたグラスを一気にあおった。
作品名:ワインをどうぞ 作家名:ツキムラ