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曇り空の下、内包する色

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曇り空の下を音を鳴らして歩く。さっきまで降っていた雨がそこかしこに水溜まりをつくって私の足元を濡らしてゆく。こんな空の日はあの男を思い出す。あの、淀んだ曇りきった瞳だ。その瞳はしかし、いつでも、透明な涙を流す準備をしていた。私もあの男も、泣いたら何かが変わると信じることはできぬほどに年を重ねてしまっていてなのに、あの男は泣けたのだ。燃える炎の中で、真っ赤にくゆる煙の中で、あの男が流した透明な涙を私は今でも思い出す。拳を握る。爪が掌に突き刺さる。かまわずぎゅうと握りこんで血を出してみる。それは、あの男の涙を誘った赤とまったくおなじ色をしていた。なぜだ。なぜ、なぜ、私とあの男はこんなにもちがう。あんなにも似ていると信じたのに、こんなにも。私が見つけた愉悦は赤色の中にあった。私は赤い。赤の中にいたい。彼の愉悦はちがったとでもいうのだろうか。あの涙のように、あの赤の向こうの空のように、青かったとでもいうのだろうか。今となってはもはや聞けない。彼の最期を見ることさえ私にはできなかった。赤を欲した私も、青を求めた彼も、あの戦争の後、隠れるように暮らすしかなかった。私はもう一度赤をこの目で愛でるため、彼は彼の青を育てるため。
彼の育てた青を見たとき、胸のうちが自らの愛憎で昂ぶるのを感じた。少年は彼そのものだった。まるでおさない彼と対峙しているようだった。たぶん私はこの青さに殺されるだろう。以前そうだったように。彼が私を殺したように。そして私もきっと、それを望んでいる。どうせ殺されてしまうというのなら、その前にせいぜい見せてもらおうじゃないか。その青さの尊さを、それが醜い赤色に犯されてしまうその様を。彼がいないなら、私が望むことなどこれくらいしかない。もう二度と、淀んだ青を見ることができないなら。ぱしゃり、と音を立てて踏みつければ、道は溜まった透明な雫を撒き散らした。そこに映った私は思い出の彼のように、内に淀んだものを隠してどこまでも黒く、そこにあった。