サガニ
今さらいわれてもと苦笑したかったが、とても笑えなかった。
過去形なあたりがとても辛い、ナイフのように水を帯びた輝きではなく、もっと鈍い刀剣のような痛みに似ている。
彼がアテナに突き立てた金色の短剣も、こんな痛みだったろうか?
誰かいっそ俺もそうしてくれ、生き返りたくなんてなかったんだ。俺は。
言葉を見失ったサガの瞳が俺を滑る。あえて見たくないものを見たように、
「俺はあんたの生きる汚点だな」
俺の左側に目線がいったあたりでそれだけ言ったら、空気が固まったようだった。
サガが口を開きかけて、固まった空気吸い込めずにいるように、喘いで閉じた。
「俺、自分で分かってるからいいよ、どうせここも出ていくから」
言うとサガの肩は悲しいくらい落ちた。ほっとしたのがずいぶんと分かる。
「俺のことは忘れて、気楽にやりなよ。どうせ皆もすぐに忘れる、思い出したくもないんだから。」
蟹座に聖闘士なんて最初からいなかったのだ。もしくはあの悪と共に消えたのだ。そう思ってくれれば上出来だと思った。
だって、できればそうしたかったんだ、自分は。
彼はどこからきてどこへ行ったのか、誰も分からないし考えようともしなかった。
探して見つかるのならそうしたかった。そうでもないのに、サガの近くにいることは、とても。
最後に、と近づいて口付けをした。
サガは逃げずに受け入れて、一度だけ真っ直ぐに俺をみた。こちら側のサガとは、多分これが最初で最後なんだろう。
夜明けも待たずに聖域を出た。
しばらく訓練もしないと、きっと自分の脆弱な小宇宙はカスカスになるだろう、
そうしたら誰も自分を見つけられない、俺も聖域にはいることも見つけることもできなくなるのだ。
ずっと遠くへいこう、そして普通の生活をして10年も経てば、いろんなものが幻か妄想のように思えてくるはずだ。
最後に見つめたサガの瞳を思い出した、まるで宇宙だった。
そこに蟹座の星はあったのだろうか。