微唾みRainy
地面に広がった水染みが不均等な大きさの円になってゆくのを見届けてから顔を上げた。
ざあざあ。
たったそれだけの間で、鼓膜を叩く音は余程様変わりをした。
「おいおいそりゃないぜ」
カランカランと店のドアの鈴、バタンと扉が閉まる音、ありがとうございましたとちょっとハスキーな店主の声と、それから。
「しいな傘持ってる?」
「持ってたらあんたなんて待たずにさっさと帰ってるよ」
つれないねぇ、なんてわざとらしく、大袈裟に肩をすぼめる仕草を最後まで見ずにしいなはまた深灰色の空を見上げて、ひとつ溜息。
さてどうしたものか、
しいなは腕に抱えた紙袋を持ち直して、ちらりと目線だけをゼロスに向けた。
「あの、」
ハスキーボイスに二人して同時に振り返る。
店の女主人が、バニラ色の傘をひとつ、どうぞ神子様、とゼロスに差し出した。
「お、助かった」
愛してるぜハニー、なんて間が抜けた声を聞きながら、これまた間が抜けた顔をして傘を受け取るゼロスを見ながらああそういえばこの男のお陰でさっきも随分得をしたんだっけかと思い返し、しいなはまた嘆息して、腕を整えた。
「いやーこれも知性と品格溢れる俺様の魅力のお陰だねぇ」
目の前に広がったバニラアイス、水に触れて溶けてしまえばいいのにと思った。
「しいな」
「何さ」
「何さって何よ」
帰ろうぜ?
「いやだ」
「は?」
「あんたと相合い傘して帰るなんて、お断りだね」
ぱしゃん、出来たての水溜まりに足を突っ込んだ。
じわりと水が染み込んできたのを感じて、中途半端に気持ち悪い。
「あんたのハニー逹でも中に入れてやれば?」
言い切るより早く、足は動いて音を奏でる。
水滴が霧吹きみたいに顔に触れて、しいなは紙袋を持った腕に力を込めた。
前髪から伝う雫が、睫毛のバリケードをやぶって目の中に入り込む前に、粗暴に拭う。
ぱしゃんぱしゃん。
音が聞こえた。
水溜まりに足をつっこむ音。
「おっ先!」
目を擦ったあとのぼやけた世界でひとつ、色を持つ赤。
「しいな足おっせー!」
「あ、あんた傘はどうしたのさ!」
「俺の愛するハニー逹に救いの手をさしのべてきた!」
ぱしゃんぱしゃん。
目の前の男の足元で、水が空へ戻ろうと足掻く。
「……ゼロス!」
「あん!?」
「ミズホの民をなめんじゃないよ!」
膝に力を込めて思いきり地面を蹴り飛ばす。
すれ違い様、互いにニヤリと笑いを溢した。
たとえば、たとえばのおはなしですが、雨とゆうものがおおきなおおきな氷の塊
がとけてあふれだしたものだとしたならば、それに濡れたわたしは俺は、一体ど
うなってしまうのでしょう か?
微睡みrainy
( 私の中のゼロしいはこんなかんじ/090811 桐生天空 )