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Salut

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昔から、スペインのどうもそれらしく振る舞うところが気に食わない。


「よ、久しぶり」
軽く右手を挙げながら足取り軽くその男はやってきた。ちょうど頭の上に春の心地よい太陽を載せて、金色の髪の毛をひらひらと風に踊らせた。
「なんや、えらいご機嫌」
挨拶なしに返事だけを返すと、スペインはフランスの顔を見ることもなく立ち上がった。かといってフランスと向かい合うわけではなく、少し離れた場所に置いてあった大きめなスプーンを手に取ると、またしゃがみこんで土を掘り返し始めた。
「おいおい、いい加減ちゃんとした園芸道具くらい揃えろよ。大体それは俺が前に贈ったものじゃないのか」
スプーンとは文字通り、食卓に並べられるべきもので、太陽のした土のうえで働くにはどうもかわいらしすぎる。しかし大事にはされているようで、乾いた土にまみれた先端に比べると、柄の部分は十分に光を反射していた。他にも彼の周りに散らばるのは食器や筆記用具など、一般的な園芸道具ではなかった。
「んー普通に使うよりこういう用途のが俺らしくてええやろ、それに大好きなフランスにもろたものやで!毎日使えたほうがええし」
「嬉しいような嬉しくないような・・・」
そう言ってフランスは庭をぐるりと見渡した。
春先の庭では小さな生き物たちが楽しそうな声をあげ、木々は色をつけてあちらこちらでほころび始めていた。近くの葉っぱをつつくと雫がつるんとすべり、中指を湿らせる。
スペインは相変わらずフランスの足元、赤い煉瓦で囲われたスペースを丁寧に掘り返し、均している。珍しく雨が続いたこともあって耕す手にも力が入る。

スペインは土が好きだった。
トマトを栽培するようになって、それは顕著に表れた。以前は無駄に広い庭、と面倒がっていた庭いじりも、最近は狭すぎると言わんばかりに木を植え種を蒔き、時には日に幾度も足を寄せていた。
特に家の裏手から続く小道が気に入っているようで、現に今もその一角をどうにかしようと頑張っているようだ。スペインのことだ、もしかしたらまたトマトを作ろうとしているのかもしれない。収穫時期になるとフランスは自分でトマトを買いに行くことがなくなる。頼んでもいないのに、スペインからフランスまで育ての親ごと直輸入される仕組みだ。時にはうるさいおまけつきで。

「ねえねえスペイン。わざわざ来た大親友にさ、なんかもっと言うことないの?」
「なにしにきたん?」
「それは遠まわしに・・・帰れ、って受け取っていいのかな」
「んなこと言うてないやん、面倒なやつやなあ」
久しぶりと言ったのも、お互い年が明けてから初めて顔を合わせたわけで、普段はフランスから連絡することが多い二人の間柄、謝罪の意味もこめてあった。もちろんフランスは、それが意味をなさないことも分かっていたし、いらぬ心配だともわかっていた。もう何年の付き合いになるだろうか、相手は最後にいつ合ったかなんてことを覚えているようなやつではない。
一通り庭を見渡し終えると、再びスペインのほうを見やった。しかし緑の目はこちらからではうかがえない。
「君のところのかわいこちゃんは?」
「さっきまでその辺おったけど・・・時間的に表で女の子でも捕まえようとしてるんちゃうかな」
捕まった試しがないけどな、とここで初めて手を止めて笑顔を見せた。

うるさいのがいないのは助かるが、しっかりロマーノを数に入れて料理の材料を持ったフランスは、少し予定とずれたことに不満を感じた。上司のミスで一週間も休みがもらえて気が向いたので、スペインとロマーノに何か食べさせてやろうと思ってやってきたのであった。どちらかといえば心は広いフランスであったが、自分の予定を崩されるのはあまり得意でないようだ。
「へえ、今度女性の口説き方を一から教えてあげようかな」
嫌みのつもりはないが、無意識に手に持った大きめな鞄を見ながら、上の空で会話を続ける。
「ロマーノ、いたほうがよかったんか」
「まあ、今日ばかりはそのつもりで来たからね。連絡なしで来た俺も悪いけど」

緑の目がこちらを見上げていた。
しかし太陽を背負ったフランスを下から見るのは少しまぶしかったようで、すぐに目を細めると服をはたきながら立ち上がった。改めて相手に向き合ったスペインは何も考えていないような顔で、ぽろりと零すように、しかしはっきりと言った。

「俺おるからええやん、俺に会いに来てくれればええよ」

二つの緑色したまるい玉は、太陽を受けてきらきらかがやき、少しも歪まずに、うつしたものをそっくり飲み込むように。
そして最後に口の端だけ、そっと持ちあげた。



――あいつは口だけ言葉だけ、表情の作り方を知らずにまだ。
作品名:Salut 作家名:緒丸ニト