後戻りは出来ない
「例えば、果てのない階段。例えば、底なし沼。例えば、闇」
「…なんだそれ。ポエムか?」
ある晴れた日の昼休み。火神と黒子は屋上で昼食をとっていた。バスケ部の恒例行事である『屋上で目標宣言』が教師の登場によって失敗してから、この屋上は立ち入り禁止になっていた。しかし、2人が世間で言う『恋人同士』になってからは、2人きりになれる静かな場所を求めて『立入禁止』の札をことごとく無視し、用がない限り昼休みは必ず屋上で過ごしている。
爽やかな風に当たりながらボーッとしていた最中、隣に座る黒子の口から急に零された言葉。火神はまるで歌うようなそれに少し遅れて反応し、黒子へ視線を向けた。
だが、黒子は相変わらず感情の読めない顔のまま宙を見つめるばかり。痺れを切らした火神が「オイ、きーてんのか」と声をかけると、一度目蓋を閉じた後黒子は初めて火神と視線を合わせた。
「ある意味それに近いかもしれません。…ボクの今の心境を例えてみました」
「心境?」
「はい」
それだけ言うと、黒子はまたなにもない前方へ目を戻してしまった。
以前の火神なら「くだらねー」の一言で片付けていただろう。しかし、今2人は恋人同士。好きな相手の、今の心境というものは火神としては気になるところである。
「なぁ、さっきのもう一回言えよ。果ての…なんだ?」
「果てのない階段、底なし沼、闇。…火神君、考えてくれるんですか?」
「おう、気になるからな」
黒子の心境を表すキーワードを頭の中で反芻しながら答えた火神は気がつかなかった。黒子の口元が嬉しそうに少し孤を描いたことに。
顔は正面に向けたまま、黒子はそっと横目で火神を伺った。元々ない頭をフル回転させているのか、火神はうんうん唸りながら考えていた。
相手に考えさせなければ伝わらない想い。もっと、火神みたいにストレートに言えればいいのにと思う。それでもわざと遠回しに口にしてしまうのは。
(…一生懸命考えてくれている姿が嬉しいから…なんて、言えません)
黒子はもう一度ひっそりと笑った。
一方火神はその間も延々と思考を巡らせていた。
(果てがねぇってことはずっと続くって事だろ? んで、階段は登るモン…。底なし沼って、足が付かねぇんだよな。闇は……)
ここで、火神の脳がパンクした。
「だーっ!! わかんねぇ!! 黒子、答え言え!」
「答えって…直接言葉にしにくいから例えたのに。じゃあ、ヒントです」
黒子は呆れた口調で言ってから、体ごと火神の方を向いた。
1つ、果てのない階段。
「終わりの見えない階段。終わりが見えないから、登り続けるしかありません」
1つ、底なし沼。
「見た目はなんてことありませんが、いざ浸かってみると足がつかなくて抵抗する間もなく埋まってしまいます」
1つ、闇。
「前後左右、上下もわかりません。自分が進んでいる方向が正しいのか間違っているのかもわからないんです」
「……つまり…?」
「わかりませんか?」
こういうことです。と、黒子は腕を伸ばし、横から火神の首に抱きついた。
「…黒、」
「好きです」
火神の耳元で、そっと囁く。火神は黒子の腕をそのままに、黒子の背に手を回して、その細い体を引き寄せた。
「…登り続けんのも、埋まるのも、何も見えねー中歩き回るのも、全部、一緒だ」
「…はい」
火神に抱きしめられたまま、黒子は祈るように目を瞑った。
身動きが取れないほどどっぷりと浸かったキミとの恋。先の見えない、手探りの関係。いつか終わるかもしれないし、終わらないかもしれない。わからないから、進むしかない。とどのつまり、
後戻りは、出来ない。