So Cute!!
「俺は、手塚部長のこと、もっと知りたいって思ってるよ」
ダメかな？
身構えていた俺は、越前のその台詞に舞い上がった。
それが1週間前だった。俺が越前に告白したのは更に3週間前。そして越前のことを意識し出したのは、更に更に、2ヶ月前、出会った瞬間だった。
「遅いよ部長」
「すまない。部誌を書いていたんだ」
毎日裏門で待っている越前。自分より20センチ以上も低い身長だが、そこから繰り出される拗ねたような顔や甘えた目が可愛い。そう事情を知っている不二に言ったら、「手塚、目ぇ腐ってんじゃない？」と冷ややかに開眼して言ってくれた。
一目見たときから、可愛いと思った。プレイは堅実な、とは言い難いが安定しており、何よりも挑戦的だった。己の力を試してみたい気持ちになった。気がつけば毎日の部活は、テニスができる以上に越前に会えることが、無上の喜びだった。
ああ、まさかこうして毎日一緒に下校できるだなんて、四月あたりの自分がこの光景を見たらどう思うだろう！ 桃城の自転車に乗る越前を、苦々しく思っていた自分に見せてやりたい。「…長？部長？」
越前の声にはっとする。いけない、トリップしていた。冷静を装い、「どうした？」と聞いた。
「だからさぁ、部長。今度一緒に遊びに行こうよ。二人で」
二人、で？
…それはすなわち、デート、という奴でよいのだろうか？
「デートしよう」
越前はにっこりと笑った。俺はこくこくと何度も頷くことしかできない。
「じゃあ行きたいとこ、決めておいてね。次の日曜そこに行こう」
デート、デートかぁ…。
「部長、聞いてた？」
「ん？あぁ。行きたいところを決めればいいんだろう？」
ん？
…世間の中学生たちは、どこにデートに行っているのだろう…？
あれから越前に「お前はどこに行きたいんだ？」と聞き返せないまま、家に着いてしまった。今日が木曜だから、あと4日か。
しかし絶望的なまでに、俺のような年頃の男子が読むその手の情報誌というのは存在しないのだとわかった。大学生から社会人向けのファッション誌からしかない。同年代の少女向けのものはあんなにたくさんあるのにな、と書店で目にしたカラフルな表紙を思い出して溜息をつく。パラパラと立ち読みすることさえできなかった。
映画、は好みに合わなかったらその後の会話が続かない。遊園地は俺が乗り物酔いするから行きたくない。かといって近場に動物園はないし子どもっぽいだろうさすがに。ショッピングも特に欲しいものはない。
貧困な俺の想像力ではこのくらいしか思い浮かばない。困っていたら、越前からメールを受信した。
「日曜楽しみだねo(^∇^o)(o^∇^)o
待ち合わせ、どうする？」珍しい顔文字入りのメールにきゅん、ときて思わず保存するが、何の解決にもなりはしない。
「どうしよう…」
部屋の真ん中で、途方に暮れるしかなかった。
待ち合わせ場所に指定した公園に、先にいたのは越前の方だった。越前は俺の姿を見て、手を振った。が、近づくにつれてその手が止まる。
制服とユニフォーム姿しか見たことのない越前だったので、私服は新鮮だった。帽子も普段のキャップではなくて、お洒落な感じ（ファッションは無知なので名前がわからないが）だ。ぜひ後で写真を撮らせてもらおう、と密かに決意していたら、越前がなぜかすでに疲れたような様子で、「部長？」と言った。
「どうした越前」
「どうしたもこうしたもないよっ」
普段越前は年齢の割には落ち着いているのだが、幼い調子で唇を尖らせるものだから、不覚にも可愛いと思った。しかしなぜ怒っているのか皆目検討もつかない。柄にもなくおろおろしていると、越前の溜息が聞こえた。
「あんたさ…その格好」
言われて自分の姿をしげしげと見直した。特におかしなところはない。
「今日さ、何するつもりなの？」
「テニス、のつもりだったが…」
新しいテニスウェアをおろしたのだが、似合わないだろうか。越前に率直に聞くと、心底呆れたようだった。
「あんた、俺と俺のテニスとどっちが好きなんだよ」「それは…」
どういうことだ。越前と越前のテニスは不可分ではないのか。
「俺はデートしようって言ったの。テニスならいつもと同じじゃん。ちゃんと考えたの？」
まったく、と越前は小さく舌打ちした。
怒らせてしまった。
もともと彼は「好きだとか愛だとかはわからない」と言っていた。付き合ってくれているのは気まぐれか優しさだったことを失念していた。俺は越前を喜ばせて、付き合ってくれる期限を延ばさなきゃならないのに。失敗した。越前は離れていってしまう。そんなのは、嫌だ。
「ちょ、部長」
慌てた越前の声で、自分が泣いていることに気付いた。はらはらと涙はこぼれ続ける。
「すまな、い…俺、お前が何したら喜んでくれるか、わからなくて…っ」
ひっく、と一度大きくしゃくりあげる。
「て、テニスなら、いつも俺と戦いたがるから、喜ぶかな、って…ごめん」
「あぁもう！」
越前は俺をぎゅう、と抱き締めた。
「こういうとき頭撫でてあげらんないのは不便だよね」
言いながら、指で涙を拭う。
「ほんともう、テニス馬鹿なんだから。俺はね、部長のテニス以外の部分も見たかったの。それだけ。部長とするテニスは嫌いじゃないよ」
「越前…」
かわいいな、もう。越前は呟いて、俺の手を取った。
「越前？」
どこへ行くんだ、と聞くと、
「俺んち。俺ラケット持ってきてないし、服も靴もテニス向いてないから。俺んちの裏のコートでやろうよ」
と返ってきた。
初めて訪れた越前の家で、彼の家族と対面をするのだが、それはまた、別の話だ。