我の命、我の花
そう殺生丸の母はつぶやき、冥道石をりんの胸に置いた。たちまち、ふうっとりんの頬に赤みがさしていく。りんの目が開いていく。
(りん!!)
「こほっ、ごほっ」
りんが息を吸い込んだ。
殺生丸は思わずりんに走り寄った。りんの頬にそっと手を添えてみる。
(あたたかい・・・・)
妖怪ではありえない、人間の、赤い血が通った人間の命のあたたかさ。このあたたかさをもう少しで失うところだった・・・。
「せっしょう・・・まる・・・さま?」
りんがそっと自分の名前を口にする。
その声が、自分の名前を呼ぶりんの声が、殺生丸の体中にこだまするようであった。
「りん・・もう、大丈夫だ・・・」
(お前は、生きている。生きているんだ!)
この胸に沸いてくる感情な何なのだ?殺生丸は心の中でつぶやいていた。りんの瞳を見ることが、りんの頬にあたたかみがあることが、なぜ、これほど嬉しいのか。
殺生丸はりんの頬を何度もやさしくなでた。
りんは嬉しそうに、微笑んだ。
(いとおしい・・・。これがいとおしいということなのか・・・自分以外の者を愛するということなのか・・・)
殺生丸はりんの頬をなでた手を首へ、そして肩へと移していった。
これほど小さく、かぼそい、存在。それが人間。それなのに、お前は闘いに生きる私の後をずっとついてきた。そばを離れなかった。私の妖怪へ変化する姿を見ても恐れる様子もなく。数々の闘いで敵を殺してきた私を見ても、たじろぐことなく。誰もが恐れる私を、こんなにかよわい、小さいお前が。そして、いつのまにか、私も、お前の姿を目で追うようになっていた。お前のまっすぐに見上げる目を、心地よいと思うようになっていた。りんが笑う。りんが走る。りんは、命そのもの。人間は我ら妖怪のように長い時は生きられない。100年にも満たない時間を一瞬のうちに過ごしこの世から去っていく。それほどの短い命。しかし、その短い命が花開くさまはなんと魅惑的なのだろう。なんと愛しいものなのだろう。りん、お前の命は、私の命、私の花。
(父上も、このような気持ちだったのか・・・。父上があの人間の女を愛しいと思ったのは・・・このような気持ちだったのだろうか・・・)
自分にとってりんがどんな存在であったのか、あるのか、殺生丸の心に切々と刻まれていく。
(りん・・・お前を二度と冥道などにやらん。お前をあんな目にはもう絶対あわせない。お前は・・・ずっと私の傍らにいるのだ。お前は私がずっと守る。お前の命はずっと私と一緒だ)
殺生丸は新たな決意を胸に、りんの体をやさしく右腕の上に抱き上げた。りんがそっと頭を肩に乗せてくる。
(りんの匂いだ・・・)
りんの、甘く、切ない、匂いだ。命の匂いだ。
そんな二人の姿を見て、殺生丸の母と邪険は会話をしていた。
「ご母堂さま!殺生丸さまに代わってお礼申し上げます!」
「殺生丸はよろこんでいるのか?」
「おそらく、ものすご~く」
(あんな殺生丸さまの顔は初めて見るわい。目が・・・微笑んでいるではないか・・・)
邪険は二人の姿を見ていると、また涙が出てきそうだった。
母は殺生丸とりんを見ながら、ふっとため息をついた。
「たかだか人間の小娘一匹にこの騒ぎ。変なところが父親に似てしまったな」
(殺生丸をあれほど夢中にさせるあの小娘。どういう秘訣があるのか?あの殺生丸があんなにやわらかくなっておる)
母は不思議がりながらも、りんという人間の娘に興味津々であった。