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Together when...

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 薫風が、野を駆け抜けた。
 木々を揺らし、草花をさざめかせ、風の流れは様々なものを運んでくる。
 その中に、1つ、懐かしいものを嗅いだような気がして、男は歩みをふと止めた。

 大学構内を歩いていた青年は、ふと止めた歩みと共に、ゆるりと徐に、上を見上げた。
 コンクリートの壁が犇き合うその隙間から、突き抜けた青が顔を覗かせる。
 本当は、何物にも遮られよう筈も無いのに、四方を囲われた空は、囚われの何かに見えた。
 そよ吹く風が、ふわりと髪を浮かばせる。
 見上げた蒼空には白い雲が、悠々と泳いでいた。
 あぁ、懐かしい。
 目を細めた青年は、捉えたものを離さないように、キュッと胸の前で手を緩く握った。
 5月17日。
 何気ない日常の一コマとも言えるこの日は、彼にとって特別な1日と言える。



 青年には、とある秘密がある。
 多くの人間が持ち得ぬものが、彼にはある。大抵、これを話すと冗談と取られるか脳を心配されるのだが。
 彼には、俗に言う、"前世の記憶"というものが存在している。
 その記憶によれば、彼の前世は、石田三成、であった。
 彼が物心付いた頃だ、何の前触れも無く、天啓のように、封されていた蓋が開かれ、怒涛の記憶が蘇った。
 その量、実に40年弱分。
 未だ小さかった彼のキャパシティーには到底納まらないそれは、彼を3日間原因不明の高熱で寝込ませることで漸く定着した。
 幼かった彼は、夢だ、と断じていた。そう、両親にも夢物語として語ったこともあった。
 しかし、夢としてしまうにはあまりにも生々しい記憶と、重く圧し掛かる未練とも取れる感情は、彼に石田三成本人の生涯の記録として認識させるには十分な要素を持っており、結果、10代後半に差し掛かる頃には、自身が石田三成の生まれ変わりなのだと、誰に言われるまでもなく自覚せざるを得なくなったのである。

 さて、その石田三成が持ち得るとある感情は、彼を現世にまで転生させ得る程に重苦しいものであった。
 青年と石田三成の自我が同居しているのではなく、生まれ変わりを自覚したその瞬間、彼の意識は三成に取って変わったのだ。
 で、あるからして、彼は、現世での身分を当然持ち得るものの、心や感情、記憶は完全に石田三成である。
 そして三成には、どうしても為し得たい、成就したい願いがあった。
 その為だけに、三成は現世に転生したといっても過言ではない。
 前世での最後の記憶が願った想い、それを果たす為、三成は今、此処に居る。

 石田三成として生きた時代は波乱万丈、あまりにも刹那的に生きた三成には、多くの出来事が記憶として刻まれているが、中でも、一際異彩を放つものがある。
 常識を超えた力が、時代を歪ませた、あの時代。
 魔王を名乗る遠呂地が時空を歪ませたことにより、戦国と三国、2つの時代が融合された。
 いがみ合った国々が、共通の敵を倒す為に手を組まざるを得なかった、異質な状況。
 今思えば、とんだファンタジーだ。三成は思う。
 そして更にファンタジーだったのは、2つの時代が融合したことにより、出会う筈も無かった者達と出会ってしまったことだ。
 三成は、秀吉が属する軍から離され、一時遠呂地に付かざるを得なかった時期さえあった。
 だが、彼はそのファンタジーたる奇跡に、心底から感謝している。
 三成は、この有り得る筈の無い奇跡の時間に、己の半身たる者を、得たのだから。



 "必ず逢おう"
 そう誓い合った、死に際。
 三成は、遠呂地の力で現れた世界で、自身に何所か似た、脆く儚い、しかし強い心を持った1人の男に出会ってしまった。
 魏国初代皇帝、曹子桓。
 知略に長け、カリスマ性を持ち、且つ驕るでもなく状況を冷静に判断出来、卑屈で、自身の価値を正しく理解出来ない男は、不器用な男だった。
 強さの中に垣間見える弱さ、思えば三成は、彼のそのような部分に惹かれていたのかもしれない。
 彼の望む理想を実現させてやりたい、傍で支えていきたい、そう思い始めるのは、存外早かった。
 他人を良く見ている割に、人のぬくもりには疎い。恨みや憎しみといった感情にはいち早く気付くというのに、好意や愛といった感情には困惑を見せる、哀れな男が。
 三成は、愛おしかった。
 仙人の力によって、世界が元の状態へと分かたれる時、彼等は誓ったのだ。
 これは別れでは無い、だから"さよなら"は必要ない。
 いつか、迎えに行くから。
 そう言って別れた2人は、三成の際に、曹丕が現れることによって約束は果たされた。
 しかし、三成はまたも強く思ったのだ。
 来世は、争いも苦しみも無い、平和な世界で、何1つ阻まれることなく、陽の下を2人で歩きたいと。
 繋いだ手が、分かたれることの無い世界で、もう1度最初から、新しい関係を気付きたいと。
 願った三成に、曹丕はふと表情を緩め、肯定した。
 "今度はお前が、迎えに来い"
 そう言って。
 必ず、探し出す。塗り潰される思考の最後、想いが、転生という形で叶ったのだ。

 ならば、片割れである奴も、居る筈だ。
 そう信じて20年弱、三成は探し続けた。
 何の根拠も無いけれど、一目見れば曹丕だと分かるのだと、盲目的に信じて。



 5月17日。
 三成にとっては忘れることの出来ない、この日は、前世での曹丕の、命日だった。
 三成がこの事実を知ったのは、現世だ。その日から、何でもないこの日が、曹丕に関わるというだけで、愛おしく掛け替えのない日となった。
 そして三成は、奇跡を越える再会を果たすのなら、この日なのではないかと、そんな気がしている。
 曹丕が、世界から消えた日に。悲しみが積もったこの日を。
 幸福と言う、新たな色に塗り替える、出会いが。
 あって欲しいという、三成なりの願いでもある。


 懐かしいこの臭いは、曹丕が良く纏っていた香と同じだ。
 特に焚きしめた訳でもあるまいに、曹丕は常に、香を纏っていた。
 主張する様なものではなく、酷く繊細で、近付かなければ分からない程の、しかし三成を狂わせるだけの威力を持った。
 何かの花の匂いなのではと、今では思う。
 そして、その香が風に乗って来たことで、今日という日を一層偲ぶ切欠となった。のだけれど。





 「ふん、お前は相も変わらず愚鈍なのだな。」





 ふいに届いた声音に反応して、三成は視線を空から地へと戻した。
 黄昏ていた時間はそう長く無い。三成は人の気配に存外に敏感な方だ。
 だがしかし、前方に目を遣れば、数瞬前までは無かった人影が、佇んでいる。
 5月の陽気に相応しい、短い髪に、ワイシャツ、黒のスラックスを身に付け、涼しげな表情で立つ麗人。
 その、貌は。



 「何だ、呆けおって。私の顔を忘れたとでも言いたいのか。」



 永く、焦がれ。
 永く、求めた。



 「そう・・・」

 「余りに待ち草臥れたものでな。私から来てやったわ。」



 浮かべる不遜な笑みが、過去の情景と重なる。
 伸ばされた手が、長きに渡り作られた溝を、全て埋めてくれた気がした。



 「前世での契り、確かに果たした。」



 気付けば三成は、走っていた。
作品名:Together when... 作家名:Kake-rA