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四月

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それはそれは、春先だというのにまるで冬の光景のようで。


「これは‥凄いですね」
「だろ?これが日本国が誇る桜だおw」

まるで自分の事のように誇らしげな彼の顔が少し可愛い。
でも誇るだけはある景色が今目の前に広がっている。

寒い冬の時期は終わり、日中はだいぶ暖かくなってきた今日この頃やっと咲いた桜はまだ八分咲きだというが十分に見応えがあると思えた。
これが満開というものになった時にこの桜の木々はどれほどになるのやら。
さぁと風が吹けば気の早かった花びら達がさらさらと流されていった。

少し前を歩く彼はその中を歩いていく。
世界が白と黒と澄み切った青に、限りなく白に近い桃色が占める。
いや、少しだけ違う。

「伊八、ちょっとこっちに移動してください」
「あ?どして?」
「どうせなら綺麗だけ見たいです」
「あ~、アレかw」

その伊八の後ろ。
後方では凄まじい勢いでお酒を飲む皆さんの姿と声が聞こえる。
そのバカ騒ぎから少し距離を持ちたくて散歩をしていたのだがどうやら落ち着く所かテンションは更にヒートアップしているようだ。

「どうして‥!こんなに綺麗な桜を前にあんなに飲むですか!」
「あ~‥‥w」

どうやら桜に感動したU房にはあのバカ騒ぎが許せないようだ。

「解せぬ?」
「解せぬです!!」
「ぶは!」

真面目に返事を返えしてしまった。
思わず伊八が素で吹いたが気にしていられない。
だって目の前には綺麗だけがそろっているのになんでわざわざきたな‥、バカ騒ぎをしてそれをかき混ぜるのかと!

「あ~でもアレも込みで日本の花見だからw」
「なんでですか!もう!桜は短い時にしか見れないのに!」
「そうだな~‥」
「ならその短い時をちゃんと見た方がいいと思うです!」
「だな~」
「伊八ちゃんと聞いてますか?!」
「聞いてるしw」

でも伊八はどうにもちゃんと話を受け止めてくれてる風には見えない。

「日本人はまた来年も咲くってわかってっからいつもこうなっちまうのかもな~」

それは、U房への返答というよりは独り言に近い響きだったから。
変に頭に血が上っていたのが下がった気がした。

「伊八‥?」
「‥‥‥」

今度は返事はなくって、彼は少し俯いてまた歩きだしたからその後を追う。
伊八との沈黙はそんなに嫌いな空気ではなかったけど、今は話がしたくなった。

「あ、でも日本人なら桜を長く咲かす事も出来たりしそうですよね。なんでしないですかね」
「ん~‥‥」

生返事。

「夏の花火もそうですよね。あんなに綺麗なのに一瞬で咲いて消えて。」
「えっと‥も?もったいないですよね」

慌てて畳み掛けてみる。

「花火‥。あ~、あれ『火の花』で花火だな。 つかあれを長くは保てねえだろw」
「あは、日本人の無理は信じるな、と上司が言ってたです」
「なにそれこわいw」

小さく笑い合う。

「花は桜木人は武士‥ってな」
「え、なんですかそれ」
「なんだっけな‥。確か花の一番は桜で人の一番は武士なんだってお」
「一番ですか」
「ん、一番。どちらも潔さが美徳なこの国らしいよな~」
「潔さ?」
「ん、どちらも躊躇わず消えるだろ?」
「‥‥‥」
「は!また解せぬ?」
「‥そうですね、」

解せぬです。
小さくつぶやいた声は先ほどのような笑い合う材料にはぜんぜん届かなくて自分自ら嫌な空気を作ってしまった。
でも、仕方ないと思う。
だってどんなに聞いても【潔い】をU房には理解出来なかったから。
これはたぶん育った環境や教育のせいなのかもしれない。
命さえ執着をもたず目的の為に散るとの考えは立派なのかもしれない。
でも、U房には好きな人には死んで欲しくなんてないから。
例え泥に塗れても、綺麗ごとではなく生きていて欲しいと考えているから理解なんて出来なかった。

「でも、綺麗だろ?」

伊八がゆっくりと桜を見るように促す。

「んで、その綺麗は永遠じゃなくて終わりがあるから更に綺麗が完璧なんだと思う」

それはさっきの返答のような気がして。
まるでいつもの彼じゃないように見えて、それがちょっと嫌だったから。

「でも、来年も同じように咲くです。終わりじゃないです」

ふっと笑われた気がした。
ゆっくりとこちらを振る向く顔がまるでスローモーションのように見えた。
風がまた桜の花びら達をさぁと攫いゆく様は本当に夢の世界のようだ。

「伊八」
「‥ん?」
「だからバックをアレにしないで下さい。こちらに移動してください」
「ちょw 今までの空気ぶち壊しwwww」
「だって。 ‥記憶に残すなら伊八と桜だけにしたいじゃないですか」

終わりじゃ、ないです。
例えうるさい酔っ払いがいっぱいいても、でも来年もこの桜たちはちゃんとまた咲いてくれるなら一緒に見に来たいから。
ずっとこの姿を記憶に何度も焼きまわしていきたいから。

「来年も、一緒にまた桜みたいです」
「ぜったいあの酔っ払いも込みだけどw」
「それでも!絶対一緒に見たいです!」
「んじゃ了解したwww」

そろそろあの酔っ払い達んところ戻ろうず~と声をかけられる。
そうですねとゆっくりと戻ると『どこに行ってたんだ~』やら『俺の酒が飲めないのか~』だのさっそく絡まれた。
出来上がった酔っ払い達のテンションはそれは凄まじくってついていけなかったけど、隣を見るとなんとなく苦笑いしている彼がいたから。
一緒に小さく笑い合うと強制的に握らされた並々と注がれたお酒を一緒に煽った。

たまたまかもしれないけど、その杯には桜の花びらが一枚浮かんでいて一杯だけで気持ちよく酔えた。
このままのペースじゃ明日には二日酔いがくるかもしれないが。




<了>



作品名:四月 作家名:へべれけ