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週末のどこか柔らかな空気が漂う池袋の街を歩きながら、青葉は包帯が巻かれた右手を見つめた。ちらりと視線を横に流せば、一緒に歩いている先輩。

(…あれから特に変化はないな)

この竜ヶ峰帝人という人間は、いたって普通であった。想いを寄せる人のことで青葉が少しつつけば、赤面してしどろもどろするような、少し純粋すぎるくらいの人物。それ故に『非日常』を求め、それを愛している。しかし青葉は知っていた。見てしまった。帝人の裏の顔、ダラーズの創始者としての顔を。
つい先日、帝人にボールペンを突き立てられた傷は、まだ塞がっていない。時折ジクジクと痛みが走り、その度にあの夜のことを思い出す。
特に力が強いわけでもない、裏工作ができるようにも思わない。見た目はどこにでもいる男子学生だ。それなのに、帝人によって植えつけられた恐怖が消えない。傷が疼く度にあの冷たい目を思い出し、どうしようもなく寒くなった。

「青葉君、大丈夫?」

「…え、」

とん、と肩を叩かれて我に返る。どうやら随分と黙りこんでいたらしい。慌ててごめんなさいと言えば、いいんだと返してくれる先輩。

「寝不足?」

「いえ、ちょっと考え事してて。」

あまりにも優しくて、あの夜に見たもの全てが夢であったのではと、あるいは自分の見間違いであったのかと思ってしまう。
――それでも。

「…帝人先輩。」

「うん?」

「明日、先輩の家にお邪魔してもいいですか?」

それでも、優しい眼差しの奥でチラチラと蠢くあの冷めた温度が垣間見える気がして。右手に走るジクジクとした痛みが甘い感覚に変わるものだから、思わず唇を噛む。
熱でぐずぐずに蕩けてしまった青葉の眼を見て、帝人が笑った。

「いいよ。」

その時の帝人の目は、彼が青葉に恐怖を植えつけた夜のそれであった。



帝人と別れ、少し足早に薄暗い帰路を歩く。
心臓の音が早い。それを誤魔化したくて、とうとう走りだす。途中でほどけた包帯を巻き直す余裕は無くて、握り締めたままとにかく走った。

つい先日、帝人にボールペンを突き立てられた傷は、まだ塞がっていない。時折ジクジクと痛みが走り、その度にあの夜のことを思い出す。
特に力が強いわけでもない、裏工作ができるようにも思わない。見た目はどこにでもいる男子学生だ。それなのに、帝人によって植えつけられた恐怖が消えない。傷が疼く度にあの冷たい目を思い出し、どうしようもなく寒くなった。
それと同時に、腹がきゅうっと締まる様な熱を感じてしまっているのは、たぶん気のせいじゃない。
優しい目と視線が絡むと、あの冷めた視線が欲しいと願ってしまう。気遣う言葉をかけられると、その唇で自分の呼吸を奪って欲しいと願ってしまう。

自分に与えられた部屋に入り、鞄も降ろさないままベッドに倒れこむ。荒い息が異常に熱かった。

(せんぱい、)

潤んだ目で右手の傷を見る。赤黒く腫れ上がったそこを、べろりと舐めた。
ジクジクとした甘い疼きに犯されてゆく。

作品名: 作家名:さとう