ゴールドリング
まどろみつつ、緩慢な動きで己の隣を探るが、触れるシーツに愛しい温もりは無く、ひんやりとしている。
シャアの眠気は一気に霧散し、機敏な動きでキングサイズのベッドの上に飛び起きる。
朝日が入る窓のカーテンが珍しく開けられており、ベッドの足元に片割れが着ていた筈の自分の寝衣の上着だけが所在なげに脱ぎ捨てられていた。
「アムロ?」
なんとはなしに心細くなったシャアは、小さな声で愛おしい相手の名を呟いた。
すると、寝室の扉をものすごい勢いで開けて、今呼んだ相手が飛び込んできた。
「シャア?!って・・・。起きてたのか」
「ん? ああ、先程な。それより、珍しいな。君が私より先に起きるなん・・・」
「急げよ!!」
「はっ?」
「ああ。上着なんかどうでもいいからさ!」
アムロはそう言うなり、手を掴むと無理やり寝室に接したテラスへとシャアを引っ張り出した。
「ちょっ!ルームシューズ・・・。君?! 私は上半身、裸なのだが・・・」
「そんなの誰も気にしないって! そんな事より、時間が無いっ!」
アムロはシャアをテラスに出すと、いつもセットされている天体望遠鏡を微調整し始めた。
「時間?? 何をそんなに慌てて」
「だって、数分しかないうちの数秒なんだからさ!!」
「はぁ?」
「いいから。よしっ! これ、覗いて!!」
「えっ?」
「いいから覗けっての!!」
アムロの手がシャアの後頭部を掴むと、思いっきり天体望遠鏡のレンズに近付けられる。
ぶつけられそうなほどの力に間一髪、抵抗をしたおかげで最悪の衝突は避けられた。
やれやれと胸を撫で下ろしたシャアだったが、視界に入ってきた画像に息が止まった。
天体望遠鏡の中に、金色の少し不均等な環と、それを形作る黒い真円があった。
そして、その円の左下がチラチラと光瞬いている。
「こっ、これは・・・」
「今日はさ、金環日蝕なんだよ。で、今、貴方が見てる左下の瞬き。ベイリービーズって言って、月の表面の凹凸が太陽の光を遮る瞬間に5秒間だけ見えるものなんだよ」
「これを私に見せる為に?」
「・・・う・・・ん。それと、その・・・・・・」
「ほお〜、綺麗な金環が出来上がったぞ、アムロ。君も見たまえよ」
「その金色の環を、貴方に贈るよ! 俺の永遠の愛の証としてっ!!」
「!!!」
シャアは数瞬、レンズを覗いたまま固まっていた。
瞳は日蝕を捉えているのだが、脳内にはその画像は反映されていない。
今、彼の頭の中には、アムロの言葉だけがエンドレスで反響しているのだ。
“永遠の愛の証・・・永遠の・・・愛・・・永遠・・・の・・・・・・あ・・・愛! 愛の証!!”
「俺は、指輪を買えるほどの資産は持ってないし、ましてや贈れる程の度胸というか開き直りは持てないし、なんと言っても恥ずかしい。だから、自然が齎してくれるこの金色の環を指輪の代わりに貴方に贈りたくって・・・」
「アムロっ!!」
顔から首まで真っ赤にしてぼそぼそと告げるアムロの言葉は、シャアを舞い上がらせるに充分な威力を持っていた。
シャアは望遠鏡を倒さんばかりの勢いで振り返ると、アムロの痩身を力一杯、胸の中に抱き込んだ。
「しゃ・・・・・・く・・・るし・・・」
鼻を厚い胸板で押し潰されたアムロがくぐもった声で抗議を告げているが、シャアの耳には到底入りようが無い。
「嬉しいよ! アムロ!! こんなに嬉しい贈り物は、これまでの人生で無かった!! 私も、これまで同様に君を永遠に愛すると誓う。ありがとう! ありがとう、アムロ!! 私は幸せだっ!!」
シャアはそのままアムロを抱え上げるとくるくると回りだした。
「ちょっ? 目がっ! 目がまわ・・・」
MSで宇宙空間を縦横無尽に飛び回っていたはずのアムロだったが、地球の重力下でのこの回転Gは弱かったらしい。
シャアが冷静さを取り戻した頃には、顔を青白くして目を回していた。
そして、シャアを一人取り残していったキングサイズのベッドに逆戻りさせられ・・・
結局、その日一日をベッドの住人とさせられてしまったのだった。
満面にやにさがった笑みを浮かべたシャアが、甲斐甲斐しく世話をやいたのは言うまでも無い。
2012/05/21