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笑顔

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殺生丸が邪見たちのもとへ戻ってきたのは夜更けであった。既に邪見は鼻からちょうちんを出しつつ熟睡状態。りんは、幹にもたれながらすやすやと寝息を立てていた。二人を見守るようにすぐそばに阿吽が休んでいる。

(邪見め・・・お前が寝入っては誰がりんを見守るのだ・・・)

腹立たしい気持ちで邪見を見下ろしていた殺生丸は、りんの寝顔に目を移した。

寝ているときのりんの顔は誠に幼く、無邪気で。人の子というものはこんな顔をして寝るものなのかと、殺生丸はしばらくりんの寝顔をみつめていた。

初めて会ったときに口がきけなかったのが嘘のように、このごろのりんはしきりにしゃべる。以前はうるさくなって時たま「うるさい」とりんを叱ったが、最近では殺生丸自身がりんの話を聞くのを面白がっていた。この人の子は時々自分でさえ気づかぬような真実をぽんとついてくることがある。りんは、邪見や阿吽にもあれこれ語りかけている。阿吽は口は効けぬが、りんのことを好いていることは殺生丸にはわかっていた。この獰猛な妖怪がりんの髪の毛をやさしくひっぱったり、顔を摺り寄せたりしているのをよく見る。もっとも邪見は小言ばかりで、阿吽のようにりんに甘えたりはしないが。いや、そんなことは絶対に許さないが。

「う・・・ん・・」
りんが声をあげた。
殺生丸がそうっとりんの顔を覗き込むと、眉間にしわを寄せている。
「おっとう・・・おっかあ・・・にいちゃん・・・あう・・・」
なにやら苦しそうにうめいている。首を左右にふっている。
(悪い夢でも見ているのか・・・)
「ああ、狼が・・・狼・・・助けて・・・助けて・・・殺生丸さま・・・」
(!)
殺生丸は自分の名を呼ばれてはっとした。りんはきっと、昔狼に襲われたときの夢を見ているに違いない。
「りん」
そっと名を呼んで、りんの肩をゆすった。
「ん・・・」
りんがゆっくり目を開けた。その時、涙がつつっとりんの目からこぼれた。
「りん・・」
「あ・・・せっしょう・・まる・・さま?せしょうまる・・さま・・助けにきてくれたの?」
「りん。起きろ。お前は夢を見ていたのだ」
「夢・・・あっ!」
りんはやっと現実に戻ってきたようだ。
「そうか、夢だったんだ・・・」
りんは身を起こした。
「怖い夢をみていたようだな」
「うん・・・殺生丸さま、いつ帰ってきたの?りん、全然気づかなくてごめんなさい」
「気にする必要はない」
りんの顔に先ほど流れた涙のあとがついている。
「そっか・・・りんね、おっとうたちが襲われたときのこと夢に見ちゃったの・・・にいちゃんたちがりんだけは逃がしてくれたんだけど、でも、りんもその後狼に噛みつかれて・・・」
りんはその時のことを思い出したのかぶるっと身を震わせた。
「もういい。思い出すな」
殺生丸はりんを白毛皮のもこもこに抱き取った。
「殺生丸さま?」
「もう狼はいない」
「はい・・」

りんはかって目の前で父母や兄を野盗に殺されたのだと邪見から聞いていた。りん自身狼たちに襲われて命を落としていた。その命をこの世へ甦らせたのは他ならぬ自分。生きている頃も父母に死なれてからは不幸な日々を送っていただろう。出会ったばかりの頃、顔をはらしていたことがあるが、あれはどう見ても殴られた痕だった。普段は明るいりんからは想像できないような哀れで悲しい過去を、この少女は持っているのだ。いつもはその小さな胸にしまいこんでいるだろう暗い過去が、夢の中に現れたのだろう。

殺生丸は突然りんの体を抱いたまま空へ舞い上がった。
「!・・・殺生丸さま?」
りんは驚いて白毛皮にしがみつく。
「心配ない。私がお前を抱いている」
殺生丸はりんを片手で抱えて、高く高く舞い上がった。


今日は新月で、夜空いっぱいに星の輝きがまぶしいほどであった。
「わあっ!きれいなお星さま!」
殺生丸はりんを抱いてなお高く跳んだ。
「すごい!お星さまがいっぱい。お花畑みたい!」
「お前は花が好きだからな」
りんは殺生丸に抱かれながら、その右手を思いっきり空へ伸ばした。
「届きそうだよ、殺生丸さま!お星さまにさわれるみたい!」
りんは嬉しそうに声をあげる。

(今泣いたと思えば、もう笑っている・・・人の子とは本当によく表情を変える・・・)

殺生丸はりんの顔を見つめた。
「りん。もう怖い夢なぞみるな」
そういって、りんの顔に残った涙のあとをぺろと舌でなめとった。
「殺生丸さま?」
「この殺生丸がいれば狼なぞ恐れる必要はない」
「うん・・・うん!殺生丸さま」
「お前を怖がらせるものなぞ、私が一瞬で退治してやる」
「うん!殺生丸さま、すっごく強いものね!」
「お前がどこにいようと、私が必ず助けにいく」
「はい・・・殺生丸さま」
りんは嬉しくて、殺生丸の首に両腕をまわして抱きついた。
「!」
「殺生丸さま、好き!大好き!」
「・・・りん。苦しい、離れろ・・」
「あっ!ごめんなさい!」
りんはあわてて殺生丸の首から腕をほどいて、殺生丸の体からできるだけ自分の身を離した。
「りん・・・そこまで離れる必要はない」
「あ・・・はい・・」
「私の胸に寄っておれ」
「はい・・」
りんは殺生丸の胸に頭を寄せた。


人の子よ。すこやかに育て。涙などお前には似合わぬ。お前はいつも笑っていよ。私のそばで笑っていよ。


殺生丸はぎゅっとりんを抱く腕に力をこめた。


作品名:笑顔 作家名:なつの