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天上の青6

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「天上の青」



side:KAITO



柔らかな陽だまりの中、一人の年老いた男性がベンチに腰かけている。
帽子の下から白く染まった髪が覗き、皺の寄った顔は険しい表情で前方を睨んでいた。
淡いグレーのスーツに身を包み、手元には杖が握られている。
マスターは男性に近付くと、帽子に手をやり、

「こんにちは。いいお天気ですね」
「こんにちは」

眼光鋭い視線に、私は一歩身を引いて、マスターの陰に寄る。
その顔は、明らかに一人にしてくれと物語っていた。
マスターは動じる様子もなく、手に持っていた一輪の薔薇を差し出すと、

「これを、奥様に」

男性は、はっとしてマスターの顔を見る。

「ありがとう。君は妻の知り合いかな?」
「いいえ、お目にかかったことはありません」
「では、何故?」

マスターは身を屈めて、薔薇を彼の膝に置くと、

「久し振りに奥様と会うのに、花もないのは格好がつかないでしょう」

男性は更に驚いた様子で、

「何を言うんだ、妻は」
「あなた」

澄んだ声に、驚いて振り返る。
喪服を着た中年の女性が、微笑みながら両手を差し出していた。

「ああ……!何と言うことだ……!!」

男性も手を差し伸べ、ふらつきながら立ち上がる。
その時、マスターの手が私の腕を取り、

「行くぞ、カイト。我々は邪魔者のようだ」

促され、マスターの後をついていく。

「マスター、あの方は」

問いかけようとした私に、マスターは振り向き、人差し指を自分の唇に当てた。
私は口を閉ざし、溜め息をつく。
一度だけ振り向くと、二人が固く抱き合っているのが見えた。





暫く辺りをぶらついた後、マスターは先程のベンチに足を向ける。

「マスター、何処へ」
「仕事を済ませに行くんだ」

それ以上は何も言わず、私も問うのを止めて後からついて行った。
ベンチには、喪服の女性が一人。何かを大事そうに手に包み、胸に当てている。
マスターがゆっくり近づくと、振り向いて小さく笑った。

「貴方が見送ってくださるのね」
「御不満でしょうが、他におりませんで」

彼女は笑って首を振り、手を開く。
淡い光の玉がふわりと漂い、空へと上っていった。

「肉体が傍にいられたのは僅かだけれど、心はいつも共にいたわ」

穏やかな瞳が、私とマスターを交互に見つめ、

「貴方の魂に安らぎあれ」

そう言って、彼女の姿は消え、代わりに淡い光の玉が現れる。
マスターはそっと両手を伸ばし、その光をしばし包むと、

「貴女の魂に安らぎあれ」

そう言って、手を開いた。
光の玉は、先に上って行った光を追いかけるように、空へと上って消える。

「マスター、今の方は」
「死神だ。俺と同じ」

その先をどう聞けば、この人は答えてくれるだろうかと思案していたら、マスターは帽子を被り直し、

「この世に繋ぎ止めるものがなくなれば、役目を終える。それだけのことだ」
「では……マスターも?」
「俺には、お前がいる」

帽子の陰で、マスターはにやっと笑った。
その言葉に、自分の顔が赤くなるのを感じる。


何も答えてくれない主人だけれど、私のマスターはこの人なのだ。


「行くぞ、カイト」
「はい、マスター」

歩き出したマスターの後を、静かについて行った。
永遠に、離れないように。



終わり
作品名:天上の青6 作家名:シャオ