かげおに
子供特有の甲高い声が、鼓膜を刺激する。
沖田は眉を潜めて、愛用のアイマスクに指をかけて額の方までずらせた。
ベンチの上で組んでいた足を、一度外して、組み直す。
はーち、きゅーう、じゅーう
数え終わるか終わらないかで走り出した小さな背中。
一瞥してから、またアイマスクで視界を遮った。
それが何時からだったか、覚えてはいない。
無自覚のうちに、心の中にずっとあった言いようもない恐怖心。
何だかわからなくて、だから、怖がるというよりも、怯えるというよりもずっと、避けていた、気がする。
暖かい陽だまりに眠気を誘われていたのだろう。
重たい瞼を緩慢な動作で開けば一括りに高い位置で結ばれた、飴色の髪の毛が視界に入る。
あねうえ、
小さく唇を動かした。
身体を起こして、ニ、三度瞼を擦る。
ぱち、ぱち、と瞼を上下させて視界をはっきりとさせた。
あねうえ、
また同じように唇を動かした。
姉の耳に届いていないのだろう。
洗濯物を干す手を止めることは無い。
姉の足元から黒く、長く、続く影が、足を宙に浮かせている総悟の足元まで伸びている。
見つめて、
見つめて、
そーちゃん、
名前を呼ばれて、視線を外した。
太陽のような笑顔があった。
その足元は、真っ暗だった。
ごつん、不意に走った鈍い痛みに思わず「痛」と声を上げる。
「オイ、」
無理矢理アイマスクを剥ぎ取られる。
太陽を背にしている所為か、いつもより、もう少し明るい、紅が地面に無造作に散らばる桜の色と似ていた。
「・・・・・・違うか」
「は?」
目を開けて、何も、何も無くて、
「寝惚けてんじゃねーヨ」
ごつん、もうひとつ余計に頭を叩かれた。
「いてぇな」
睨みつけたのだけれど、臆することもなく、じい、と薄氷色の双眸が覗き込んでいるのに気が付いて、沖田は眉を潜めた。
「何でィ」
「―・・・・お前、」
桃色の唇が、続く言葉を紡ごうと動いたのを捉えて、捉えては今度はその双眸を見つめた。
「やっぱ、何でもないアル」
「意味わかんねェ」
背を向けて歩き出した少女の足元から、続く、影。
見つめて、
見つめて、
そっと、踏んでみた。
いーち、にーい、さーん
逃げてしまわないように、離れてしまわないようにぎゅうと足に力を入れた。
無駄なこと、少女の足が動く度に、同じように、するすると、遠ざかっていく。
しーい、ごー、ろーく
( あと、少しだけ )
「オイ」
影が、止まった。
しーち、はーち、きゅーう、
「涎、ついてるアル」
じゅう
「見苦しいから、拭いとけヨ」
( 捕まえた )
「じゃあナ」
するする、離れていく影を追う事もせずに見送った。
冷たい指で、口元を拭って、目元を拭って、またベンチの上へ、ごろりと寝転んだ。
「気持ち悪ィ奴」
ふう、と唇の上に落ちた花弁を薄氷色の空へ舞わせた。
かげおに