調子外れの協奏曲
ぱしゃん、ぱしゃん、ぱしゃん、
革靴の底が水溜まりの地面に触れて音を立てる。
水分を含んだ前髪から、肌へつうと水滴が伝う。
それが鬱陶しくて、袖で拭おうとするのだけれど、長い間雨に晒された衣服は何の役目も果たさずに。
軽く舌打ちを零して、さっさと屯所へ帰ろうとまた走り出した。
( 近道、近道、 )
枝垂れ桜の花弁が散らばる、神社の石段を駆け上がる。
一、ニ、三、四、心の中で段数を数えたりなんか、してみたり。
丁度三十三段目を数えたところで、視界に入って来た桜の花弁より少し濃い薄紅。
「チャイナ」
濃灰の空を映していた蒼眼に、濡れねずみの自分の姿が映り込む。
「何だヨ」
「そりゃあこっちの台詞でィ」
少女の隣に置かれた菫色の番傘に目を移した。
「使わねーのか」
朱色のチャイナ服から覗く白い腕が、膝を抱える。
また、蒼を翳らせる濃灰。
「今日は雨の日だからいいネ」
「は?」
「雨の日まで傘を差してたら、いつまでたっても空をおがめないネ」
声が、雨音に混じる。
「雨空でもいいから、」
「私も空をおがみたいネ」
ぱちり、と一度瞬いた睫から伝う水滴と、
枝垂れ桜から落ちた水滴が、
少女の足元の水溜りに、波紋を広げた。
「それだけか」
「それだけアル」
もうニ、三段上がって、冷たい彼女の頬に手を添えた。
その行動に身体をびくりとさせるが、抗うことはせず、肩を硬直させたまま。
瞳の中の自分が、ふっと笑うのが見えた。
「花びら、」
少女の髪の毛に絡みついた、花弁を指で掬う。
湿ったそれは、指から簡単に剥がれることはない。
「で、雨空はどうでィ」
「ん、」
頬から手を離して、断りもせずに彼女の隣へ腰を下ろした。
ズボンの尻の部分が、ひんやりと冷たい。
「中々悪くないネ」
「へぇ」
「私、雨嫌いじゃないヨ」
「寒いけどな」
「お日様も好きだけど」
ぱしゃんぱしゃん、
足をわざと水溜りの中で動かして、少女は表情を緩めた。
「雨だって、好きだヨ」
あめあめ
ふれふれ
にいちゃんが
じゃのめでおむかえ
うれしいな
ぴちぴち
ちゃぷちゃぷ
らんらんらん
ぱしゃんぱしゃん、
歌に合わせるように、水音が響く。
「へったくそ」
水溜りに浮かぶ花弁を、足で軽く散らした。
かけましょ
かばんを
あねうえの
あとから
ゆこゆこ
かねがなる
ぴちぴち
ちゃぷちゃぷ
らんらんらん
「ヘタクソ」
「うっせぇよ」
あらあら
あのこは
ずぶぬれだ
やなぎの
ねかたで
ないている
ぴちぴち
ちゃぷちゃぷ
らんらんらん
あねうえ
ぼくのを
かしましょか
きみきみ
このかさ
さしたまえ
ぴちぴち
ちゃぷちゃぷ
らんらんらん
ぼくなら
いいんだ
にいちゃんの
おおきな
じゃのめに
はいってく
ぴちぴち
ちゃぷちゃぷ
らんらんらん
「歌詞間違ってるアル」
「お前もな」
「馬鹿だロ」
「お前もな」
水を吸って重くなった服の袖を持ち上げて、鬱陶しい前髪を掻きあげた。
ぴちぴち
ちゃぷちゃぷ
らんらん
厚い雲から太陽が顔を出すのは、もう少し後。
調子外れの 協奏曲