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ゆち@更新稀
ゆち@更新稀
novelistID. 3328
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目病み女に風邪引き男

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恋すれぞ、色香増し、見えぬこそ、透る想いなのだと知り。



喉の奥の異物感、特有の気だるさ、頭痛。
冬の近づきを知らせる風が顔に触れても、火照った熱は冷めなかった。
二三度咳き込めば、隣に歩く沖田はあからさまに眉を潜めて、大袈裟に土方から距離を取る。

「うつさねェでくだせェよ、土方菌なんてうつっちまった暁にゃ、自殺モンでさァ」
「おーそうか。安心しろ総悟。馬鹿は風邪ひかねェらしいからな。良かったなァ、お前馬鹿で」
「その神話は土方さんが風邪を引いた時点で惜しくも崩れ去っちまったわけですが」
「殴る」
「嫌でィ」

抜刀して振り回したい衝動も体調の不具合で聊か減して、代わりに肺に溜まった息を吐き出せば土方は目についたベンチにどっかりと腰を掛けた。

「あり?土方さんダウンですかィ?勘弁してくだせェよ、俺ァ屯所まで運ぶなァごめんですぜィ。そのまま放置して帰りますぜィ、何なら今すぐにでも」
「黙りやがれ。頭がガンガンして耳障りなんだよ。休憩だ、休憩。総悟、てめェコーヒー買って来い」
「嫌でィ」
「即答かコラ。いーから買って来い。てめェの分も奢ってやっから」
「まじでか」
「言っておくが、コーヒーだからな」
「任せてくだせェ。土方さんの為なら例え火の中水の中でさァ。地球の裏側まで行って来やすぜ」
「別に地球の裏側まで行かなくていーんだよ。そこの自販機で買って来ればいいんだからね?分かってる?」
「いってきまーす」
「ってオイイイイイ!何全速力で公園から出て行こうとしてんだアアア!!!」

土方の財布を持ったまま、光の速さで小さくなっていく背中に怒声を浴びせるも、行為虚しく人の寂しいその場に響き渡るのみだった。
自分の上げた声に、更に深まった痛みが脳髄を刺激し、半ば倒れ込むようにまたベンチに崩れた。

「あンのヤロ・・・・」

特有の倦怠感と、それによって引き起こされる睡眠欲に身を任せて、このまま眠ってしまいたいという衝動が身体中を襲う。
とん、と膝の辺りに軽く触れた何か。その何かを拾って、熱でぼやけた視界を凝らして見れば赤い手毬に焦点が合わさった。
顔を上げて、ぱっちり、大きな黒真珠のような目の中に、自分が映っていた。
映っている筈なのに、どこか霧がかかったようにぼやけていて、見えているはずなのに、見えないような。

「まり」
「・・・・・あ?」
「てまり」

小さな手の平が、土方の手に触れた。
一度、くすんだ真珠が世界から消える。

「あつい、ね」
「あ?」
「て」

顎のラインで切り揃えた黒髪が、少女が首を傾げると、さらりと流れる。

「ねつ?」
「・・・・ああ、まあ」

ぺた、ぺた、ぺた。
少女が、手探りに土方の頬にふたつ、添える小さな手。

「ひとふたみよ いつむよなな やここのたり ふるべゆらゆら ふるべゆらゆらと ふるべ」

ぐらぐら揺れる脳味噌という舞台で綺麗に響き合う二つの声。

ひとふたみよ いつむよなな やここのたり ももちよろず

「おじちゃん」
「・・・・あ?」
「おじちゃんも、このおまじない知ってるの?」

問われてから、無意識に口ずさんでいた自分の声が、土方の頭の中に遅れて響く。
ぽろりと手から零れ落ちた赤い手毬が、弾んで離れてゆく。
少女はその音を聞いて、追いかける、するりと消えてゆく手の冷たさに、土方は小さく声を漏らした。

鞠を拾ったのは母親だろうか、小さな背中はもう此方を振り向くことなく、街路樹の先へ消えてゆく。


「ひとふたみよ いつむよなな やここのたり ふるべゆらゆら ふるばゆらゆらと」



   ――ふるべ



瞳を閉じると、思い浮かぶ黒真珠のような大きな瞳が映した先に見えた紅葉色。
それからしばらく、大きな袋を抱えて口にんまい棒をくわえながらベンチに寝転ぶ自分に罵声を浴びせた少年のそれと、同じ色。


馬鹿らしくて、恋しくて、思わずわらった。



目病み女に風邪引き男