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諸星JIN(旧:mo6)
諸星JIN(旧:mo6)
novelistID. 7971
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嗜み

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 身嗜みは男の嗜み。
 いつ何時であろうと身綺麗にしておくのがもてる秘訣だと豪語するその男島左近は、その日も朝から鏡に向かって剃刀で髭を剃り落としていた。
 とうに普段の胴丸姿に着替え終わり、床に胡座をかいて剃り残しがないかと銅鏡を覗き込む左近を、その傍らで伏犠が興味深そうに眺めている。
 こちらも既に普段の甲冑姿ではあるものの、外套はまだ身に着けておらず。天幕の床に悠々と肘枕で寝そべっていた。
「…わざわざ髭を剃らねばならんとは、お主の時代は難儀じゃのう」
「あんたらの時代と違ってね。俺の生きてる頃は髭なんぞで威厳を出さんでもいいんですよ」
 剃り残しもなくつるりとした肌触りに満足したように自分の顎のあたりを撫でながら、投げられた声に左近が返す。
「それに俺には髭は似合いませんしね。こうしてた方が女性にもてる」
「成程?流石は人界一の人誑し、というところか」
 剃刀を傍らに置いて濡れた手と顎とを拭いながら伏犠を見て左近が笑えば、伏犠も楽しげにくつくつと笑う。
 その伏犠の顔を覗きこむように見て、ふと疑問に思ったように左近が緩く首を傾げて問いかけた。
「そういや伏犠さんは髭伸ばさないんです?左慈さんあたりはえらくご立派な髭してますけどねぇ」
 伏犠は肘枕をしていない手を上げて自分の顎髭を撫でて左近を見上げ、そうじゃのう、と口を開く。
「あやつは随分とあの髭を気に入っとるようじゃがのう…わしは良いわ。下手に手を入れれば後々手入れも面倒じゃ」
 そういう伏犠の顔を覗き込む左近の眉が潜め、両手を伸ばして伏犠の両方を挟むようにしてぐい、とその顔を上向かせ、
「…不精も大概にしないと、もてませんよ?」
 よくよく見れば相手の顔に不精髭が残っている事に気が付き、左近が顔を顰めて言う。対する伏犠はからからとまるでどこ吹く風という態度のままであり。
「わしは特に気にせんがのう」
 それを聞いた左近の目がすう、と細くなる。
「…さては、顔に刃物をあてるのが怖いんですか?」
 冗談のつもりだったその一言に、伏犠の笑顔が凍りつく。
 暫しの間、無言の時が流れた。
 徐々に伏犠の顔を直視できなくなって視線を逸らし、笑いをこらえて肩を震わせる左近に伏犠は慌てて身を起こす。
「刃物が怖いわけではないぞ?その、鏡というものがじゃな…」
「はいはい、わかりましたわかりました」
 いまだに収まらない笑いに肩を震わせながら、左近が伏犠を宥めるように言い、その肩を掴んで自分の方へと引き倒す。体勢を崩して伏犠が倒れ込んだその先には左近の胴鎧があった。
「おい左近」
「いいんじゃないですか?たまにゃあ身嗜みちゃんとするのも」
 抗議の声を上げる伏犠に素知らぬ素振りで、左近はその頭を自分の股ぐらへと据える。伏犠も伏犠で抗議はしたものの、結局は惚れた弱み。左近の笑顔には弱い。半ば観念にも似た表情を見せてひとまずはおとなしくその股ぐらから左近の顔を見上げる。
「…何をする気じゃ?」
「何、無精者の仙人さんにちょいと、ね?」
 悪戯っぽい笑みを見せて先程置いた剃刀を手にした左近に、伏犠の顔から笑みが消える。
 咄嗟に逃げようとする伏犠の肩を抑えこんでまた左近が笑う。
「暴れるとざっくり行っちまうんで、おとなしくしててくださいよ?」
 左近の笑顔と刃物はよく似合う。などと見とれている場合でもないだろうに、伏犠はそこで逃げる機会を見失って今度こそ諦めてその股ぐらへと頭を預けることにする。
「…流血沙汰は勘弁じゃぞ?」
「あんたが暴れなきゃ大丈夫ですって」
 頭を預けながらも不安げに言うその様子はまるで大きな子どものようだ。
 思わず幼子を宥めるようにその逆立った髪を撫でて、左近は伏犠の額当てを外す。そうした装備がなければ、何ら人と変わりのないその顔が顕になる。
 水を汲んだ手桶を引き寄せて片手を浸し、伏犠の顔の下半分を濡らすようにぺたぺたと撫でていれば見上げる伏犠の目と目が合った。腹を括った後はこの状況すら楽しもうとするかのように興味深そうな色を浮かべて見上げている伏犠の目に左近は顔を顰め、顔を拭くための手ぬぐいをその目元を隠すように被せる。
「何じゃ。見てはならんのか?」
「気が散るんですよ。怪我ぁしたいんです?」
 勿体ないのうと笑うその口許を笑うな、とばかりに片手で軽く叩いて、左近はその手にした剃刀を伏犠の頬へとあてる。
 一応は刃物を使う作業だ。左近は至って真剣に剃刀を伏犠の頬、口許、鼻の下へと滑らせ、傷を付けぬように無精髭を剃り落としていく。
 伏犠も伏犠でその雰囲気は感じ取ることができ、口許は楽しげな笑みを浮かべたままでも至っておとなしくしている。
 口周りの無精髭を剃った後に伏犠の顎髭の辺りも軽く整えてやる。思いの外小綺麗に仕上がったその肌の手触りに、左近は流石は俺だと満足げに一人で頷いて。
 目許を覆われたままの伏犠はまだ何かあるのだろうかとおとなしくされるがままになっている。
 ふと、左近に悪戯心が湧いた。
 剃刀を傍らに置き、剃り残しがないかを確かめる素振りで伏犠の口許を指の腹で撫でた後。
 左近は背を丸め、身を屈めるようにして伏犠の唇へと唇を重ねる。
 数十秒は経った辺りでようやく顔を離し、何事もなかったように伏犠の目許を覆っていた手拭いを取り上げてその口元を拭う左近。
 それを見上げて伏犠は小綺麗になったその口許を笑ませる。
「…それも、髭剃りとやらのうちか?」
「言うこと聞いておとなしくしててくれたんでね。ちゃあんとご褒美ぐらいはあげますよ」
 事も無げに言う左近に伏犠はそうかと笑って片腕を上げ、左近の首裏に掌を添えて引き寄せる。
 引き寄せられるままに背中を丸めながらも、左近は調子に乗るなと伏犠の胴鎧を片手の拳で軽く叩くのだった。


 後日、無精髭を剃り落とした伏犠は「いつもより精悍なお顔も宜しおすわぁ」と女性陣に大変好評を得。
 それを見た左近が「何で伏犠さんが俺よりモテるんですか」と完全にむくれてしまい、その後その顔は二度と見られることはなかったとか。
作品名:嗜み 作家名:諸星JIN(旧:mo6)