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偽執事と不可能の旦那様

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0. プロローグ



 春、4月。
「で、見てきたんでしょ。どんなんだったの」
「若い男のひとだったよ」
「へー、めずらしいじゃん」
「背がやたら高くて、眼鏡で、ええっと……すごいイケメンだった」
「イケメンー?」
「この子のイケメンは頼りにならないから」
「本当にイケメンだったんだよ!」
「だから、どんなんだったの」
「ええっと、イケメンで……あ、髪は黒かったよ。それで……なんだろう、V系?」
「V系ー?」
「それはイケメンじゃなくない?」
「っていうか、V系ってなに?」
「な、なんでこんなにキビシイの?!」
「べつに」
「べつに」
「ねえ、V系ってなに?」
 男子と女子の居住区、そしてスタッフの詰所を結ぶ廊下の集まる点にもうけられた「コミュニティひろば」は場所が場所だけあって職員が頻繁に見回りに訪れるが、今は金色の髪をした少年がテーブル前に腰かけている以外は、彼女たちがソファを占領しているだけだった。
 かん高い声で少女たちが騒ぐのも無理はない。なにしろこれから誰もが新生活をはじめるだろう中途半端な時期なのに、単身で児童養護施設を訪れる若い男が現れたのだというのだから、夏の吹雪よりもめずらしい出来事である。
 ボランティアの相談にしても年度末までには話をまとめるべきだし、多額の寄付金が入るような気配は近ごろとんと流れていない、そもそもどう見たって若すぎる、と彼女たちの話は盛り上がる一方だ。勿論養子縁組ではありえない。なぜならば――
「結婚指輪はしてなかった」
「それ、無理じゃん」
「無理だねー」
「見ただけじゃお金持ってるかどうかわかんないし」
「持ってたら、どうする?後見人コース?」
「そんなのあるの?」
「もしも、あったとして」
「でも顔がV系でしょ?なんかへんな性癖持ってるんじゃない?」
「ほんとにイケメンで、かつ金持ちだったら許す」
「出血系だったらどうすんの」
「どうって?」
「わたしは、男のひとのきたないものを身体に入れなくてもいいようになれたら、なんでもいい――」
 憂鬱そうに呟いたひとりの、グループのなかでも際立って整った貌が俯せになり、ショートボブにカットされた黒髪が残りの少女たちより向けられる羨望と嫌悪の入り混じった視線からその白皙の頬を隠した。
スペース内が一瞬静まりかえり、少年がゆっくりと顔を上げた。
 職員詰所の側から、いくつもの足音が近づいてくる。
「あれ、革靴の音じゃない?!」
「しっ……!」
 緊張は長く続かない。
 スペースに辿り着いたのは男がふたりに、女がひとり。うち、女性はスタッフのなかでも若い30過ぎの事務員。彼女と反対側に立つのは50代の男子寮寮長。制服を身につけた職員に挟まれるようにして、若い男性。
 光るほど磨かれた革靴、漆黒のスーツ。胸元には来客バッヂをつけている。ワックスで固められている髪は、スーツと同じ黒の色をしている。中年に差しかかっているとも思われないが年齢を感じさせない、まるで影のような男に、少女たちはいまや息すら潜めていた。
 抜きん出た長身がもたらす威圧感のみではない。ここにいれば、こどもならば誰もが差し出すことを求められる。ほとんど空っぽになってたどり着くのに、それ以上を求められる。でなければすぐに心が折れてしまうだろう。なのに、男には施設のこどもたちが簡単に感じ取ることのできる、こちらになにかを求めようとする気配がまったくと言っていいほどなかった。
「……」
 と、寮長がテーブルに近づき、その途中で少年が素早く立ち上がった。三人に向かい軽い会釈をする。
 うつくしい少年だった。秀でた額の上にはふんわりと弧を描く金糸のような髪がかかる。青の色濃い双眸は金色の睫毛に影を落とされ、おとなたちと向かい合う身体うらはら頑なにカーペットへと視線を投げかけている。すっと通った鼻筋はきりりとした印象を与えており、実際に、たとえば指、角張る上着からかいま見える手首も骨のかたちが想像できるような細さだったが、どこか投げやりな立ち姿のせいで、見るものにはどこかもどかしさを感じさせた。
 おとなたちが言葉を交わす、というよりも職員たちが若い男に話しかける間も、少年は視線を逸らしたまま堅い襟を整えていたが、不意に彼の視界のなかに男が飛び込んだ。
 スーツの男はその場に片膝をつき跪いていた。ふたりの職員も、まわりを取り囲む少女らもぎょっとした表情になるなか、しかし少年は無表情のままだった。もっとも今ははっきりと焦点を結んでいる瞳に、顔を上げた男の姿が映る。
「長きにわたりあなた様を探してまいりましたが、ようやく見つけることができました」
 絹のように滑らかで冷たい感触を持つ抑揚のない声を少年が聞いたのは、これが最初だった。
「お初にお目にかかります。私の――旦那様」