月とあの歌(仮)
そう…その夜は月が綺麗だった。
ただ…それだけだった。
『あいやぁ〜今日も月が綺麗あるなぁ〜』
雲ひとつない、よく晴れた夜…
王耀が縁側で月を見るのはもはや習慣と言ってよかった。
自分がいる以外に何もない縁側に腰掛け、何をするわけでもなく月を眺める。
その時に考えるのは、様々だったが…その日はいつもとは少し違った。
何が違うのか…それは本人にすらわからない様な、本当に少しの違いであった。
『…何だか急に歌いたくなったある…。(誰も聴いてないし…いいあるよね…?)』
前は楽器を奏でながら歌ったが…今はそんなことを気になどしなかった。
すぅ…っと空気を吸い込み静かに…しかし、かみしめる様に王耀は歌い始めた。
以前…何よりも大切にしていた彼に歌い聴かせていた歌を…。
『天地の始まり〜♪』
(この歌…あいつに聞かせたと時から昔話あるな…。けど今では…この歌を歌ってやったことさえ昔話ある…。)
『長江のほとり〜♪』
(であった頃は…ホントに可愛かったあるなぁ…。まぁ…初対面で生意気だったあるが…。)
『我侭できたむかし〜♪』
(あいつと出会ってから…日々が目まぐるしく過ぎていったある。)
『目覚めたら〜♪』
(誰よりもも強い…そんな我だけを見ていてほしかったある…。)
『あの日竹林で〜♪』
(ホントに育つのが早かったあるなぁ…。可愛くて賢くて…我の自慢だったある。)
『一緒に眺めた〜♪』
(我は覚えてるある…。お前と見た月は…どの月よりの綺麗だったある…。)
『広大な地を〜♪』
(共に歩んできた道…あの先も…共に歩けるはずだったある…。)
(時代は流れていくある…。我やお前には…どうすることも出来ないこともあるよ…。)
『果てしない〜♪』
(……き…く…、…きく……、菊っ!!会いたいある…。また…共に歩みたいある…。)
『例え……』
歌いきった王耀はふぅ…と小さなため息をつく。
『はは…は。こんなこと…本人の前じゃ絶対に言えないあるな…。』
乾いた笑いをひとつし、素直になれない自分に苦笑いを送る。
ずきり…まだ完全には癒えていない古傷がうずいたような気がした。
そして再び切ない顔をして、月を見上げる………
瞬間、後方でふわっと暖かい風が巻き起こり、背中に暖かい熱を感じた。
振り向かなくてもわかる…、この暖かは…会いたくて、会いたくて仕方なかった…彼だ…。
『き…く…?』
『す…すみません。あの…もう少しだけこのままで…』
背中に感じる暖かな体温…。
会いたくて仕方なかった菊が、ここに居る。
我に触れている…。
今のままでも十分すぎるほど幸せだ。
しかし…
『…このままでもいいあるが…我はお前と一緒に月見がしたいある。我の横に来るよろし?』
王耀に諭され、菊は王耀の横に座る。
なぜ菊がここに居るのか…そんなことは今の王耀にとってはどうでも良かった。
どちらからともなく…2人の指先が触れ、2人は目を見合わせ…ふわりと笑う。
月明かりで分かり難いが…2人の頬はほんのりと染まっていた。
『なぁ…菊…月が綺麗あるな。』
『はい…王さん…月が綺麗ですね…。』
この言葉の裏に隠れている意味は…本人達と2人を照らす月だけが知っていればいい。
月が綺麗な夜。
2人以外にはただ、それだけの夜。