卒業
丸井先輩はズタボロの服のまま逃げて、それを俺が追って、それが分かってるみたいにここへ来て、丸井先輩はたくさんの人ごみに高みの見物をしながら笑った。
たくさんの人ごみの中には今さっきまで俺もいた。丸井先輩もいた。今では遠い。
どこの教室かは分からないけどドアは開いてなくて、だから窓から入った。わりと薄暗い。だから余計に外からくる光が白く感じる。
丸井先輩がその光の中で外を見ている。見えた横顔は笑っていた。外は晴天でまぶしい。喧騒は晴天の中にあるようで、音すらもまぶしい。
感傷に浸る気はない。でも、この特別な状況に呆然としてしまっている。
「丸井先輩、バカじゃねーの」
「ブレザーのボタン全滅。Yシャツもとか笑えるだろぃ」
丸井先輩はこっちを見なかった。
後姿がやけに印象的だった。薄暗い中、丸井先輩はまるいで白い光の中へ飛び込もうとしているみたいだ。
実際、そうかもしれない。丸井先輩は色々なものを剥ぎ取られて、あるいは捨て去って、中学校から出て行くわけだ。先輩みんなそうだ。俺だってそうなるんだろう。みんななっているし俺もなる予定のものになんの感動を覚えろっつうんだ。
「ネクタイも取られちゃった」
「…丸井先輩の間抜け、バカヤロウ」
それでも何もないってことに、少なからず俺はショックを受けたっぽい。
何か欲しいと思ったわけじゃないが、別の人間の手にそれが渡ったのだと思うことには腹が立つ。
馬鹿な先輩。隙がありすぎんじゃねえの。
そんなまま光の中へ行くなんて、大丈夫なのかよ。本当に。
「…大丈夫なのかよ」
「えっ」
心の中が読まれたかと思った。
「本当にお前、俺がいなくて大丈夫なの?」
「…はあ?トーゼンじゃん」
なんつーセリフ。丸井先輩はそんなにも俺に依存されてるつもりなのか?むしろそんな素振りおれはいっこも見せた記憶ないんだけどね。
丸井先輩だって俺だってオトコだし、ドライなもんで、女々しくなんてなく、俺なんか超かっこよく付き合ってきたつもりだよ。
丸井先輩にカッコイイなんて言われたことはねーんだけど、でももっともっと、惚れて欲しいといつも思っていた。
俺ばっかりが、そうでないようにと。
「そんな、世話してきたつもりに、なりやがって」
「世話してきただろーがぁ。入部から卒業まで」
先輩が振り向いた。歯を見せて笑った。本当にいつもとかわんねえな。いやいや、俺だって変わってねえよ。何を沈むことがある。高校は超ちけえじゃん。
「これからも、まあなんとかやっていこーぜ。二人で」
「…トーゼン」
丸井先輩はそう言うと、また外を見た。俺はそれを見て光の中へ行ってしまいそうだと、また思う。
沈んでなんかねえけど、でも今すげえビビっときた。嬉しいって、思った。
これからもだって。丸井先輩もそんなふうに思うことがあるなんて思ってなかった。
そういう一言で、仕方ないことだと分かっているのに、いやでも嫌になる。
卒業するだなんてこと。
「っわ!」
丸井先輩を背中から抱きしめた。光の中から引き戻すみたいに、引き寄せた。
丸井先輩はビビった~と言ってすぐ、こちらを向きたがるように身動きをした。だから俺も腕を緩めてそれをさせようとした。
そしたら、そのまま抱きしめてくれるんじゃなかった。
足払いをされた。
俺は声も出せぬまま盛大にコケた。
酷い。今これ今、そういうことをするシーンじゃなかったッスよね。後頭部を打った。なんかしんないけどちょっとゆるんでた涙腺から涙が出かけた。
丸井先輩ははだけていてとてもエロかった。そんなんで上から笑顔で迫られちゃ、事態を理解するに十分だ。
馬鹿げている。ラリってるよこんなとこでアレコレできるなんて!
「卒業のときにこんな隠れてコソコソあれするなんて」
「っや…」
器用にベルトを引き抜かれる。
「燃えるよなー?」
本当に面白そうに笑うから、燃えるかバカヤロウという言葉が出せずに終わった。
常識的に、あと俺の腰的に勘弁はしてほしいけど、丸井先輩がしたいと思うんならしてほしいとも思ったのは本当だ。
あと考えてみると、わりと燃えると思ったのも本当だ。
だから抵抗がそんなに出来ずに思考は流れていった。
したいならして欲しい。求められることでとりあえずは惚れられていると俺は思えちゃうわけだから。俺にベタベタに惚れたまま高校に行って、全部の女につめたくなっちまえばいいんだ、丸井先輩なんか。