【青エク】 無題
無 題
「は?……今、なんて…?」
卓上の上に置かれたコースターのその上、手にしていたグラスを戻してから、もう一度。
「もう一回良いか?……何だって?」
聞き間違いかもしれない、そう思った為の問い返しだった。
間違えていたなら恥ずかしい事この上なし。
普段から鈍い思考回路が更に鈍くなっている事を自覚していただけに、慎重にならざるを得ない。
きっと、予想外過ぎた展開であった事が原因だろう。
だが。
悲しい事に、聞き間違いでは無かったようで。
「…………せやから、……付き合うて欲しい、と…云ったんや…」
「……………………」
真っ直ぐな視線と、真っ直ぐな言葉。
中身も真っ直ぐなら姿勢もやはり真っ直ぐな目の前に座る男性。
茫然の体から抜け出せない彼女は、間抜けにも口をアングリと開けたまま彼 ―― 勝呂竜士を見つめ返した。
対して、竜士は目の前であからさまな動揺を見せる彼女の、狼狽える様子を見つめ内心で小さな溜息を落とした。
本音を洩らせば、早過ぎるだろう事は重々理解していたから。
何が、と問われれば勿論、『告白が』だ。
そう、今竜士が彼女 ―― 奥村燐に告げたのは紛れも無く 告 白 であるのだ・・・・が、実は未だ、彼女と出会って一週間も経って無かったりする。
燐が戸惑うのも、分からなくもない。
それでも、走りだすこの気持ちは止められない。
故に、思い切って彼女を呼び出し、ストレートに告白してみた。
注文したアイスコーヒーにすら手を出していない。
出す事さえ出来ない、極度の緊張状態。
当然、告白された燐も、動く事すら出来なくなっている。
けれど、話をしなければ物語すら進まない。
「え、…っと…え?ちょ、っと待て。え?お、れら、知り合って未だ………4、5…あれ?」
「今日で丁度6日目や」
「…だ、だよな?そうだよなっ!?だって俺っ、あんたの携番だってっ」
「それは教えた」
「…………あれ?」
覚えのない話に目が点になった。
なんだって?
そんな思い。
その動揺は、よそにまで影響が出てしまった。
燐の動揺に合わせてグラスの中のジュースが揺れる。
彼女の肘がテーブルの角にぶつかったからだ。
「おい、大丈夫か?」
「へっ?」
「肘!」
「あ、え?あっ!うんっ、大丈夫…」
「そぉか。ならええ」
「………」
眉を寄せ、心配の声を掛ければ更に戸惑う様子の燐。
やはり、早すぎたのだろうか。
過った不安は一瞬の事。
遅かれ早かれ告げずとも彼女に知られる事と成っただろう、そう思ったから。
自分は器用な人間では無い。
思った事を、直ぐに口、手に出してしまう。
友人達に何度も窘められたこの性格。とはいえ今更直す事も出来ない。出来るようなら今頃とうに治っている筈だから。
何にせよ、胸の内に留められないと分かっていたから直接本人にぶつけただけの事。振られた時の覚悟もちゃんと、出来てはいる。
だが、何時まで経っても答えは返らずただ只管に瞳揺らす燐に、竜士までもが戸惑い始めてしまった。
竜士自身、告白なんぞ初めての行為。これから先、何をどうすればいいのかも良くは分かってない。覚悟は出来ていると打ったがそれも、あくまで振られた結果生まれる傷を受け入れる覚悟、と言う話だ。告白した相手が何かしらの反応すら返して貰えない、なんて事へとの覚悟も対処も持ってる筈はない。
どうやってこの空気を切り替えようか。
悩みに悩み、仕方ないから話題自体を変えてしまおうかと、彼女の名を口に仕掛けた時。
「………俺の、…どこを…」
唐突に、口を開いた燐がそう、零した。
良く聞き取れなかったけれど恐らく、
「…………惚れた、ところか…?」
「……うん…」
何処に惚れたのか、と。
そう問いかけたのだ。
しかし、考えても考えても、出せる答えは一つしかなくて。
「そらぁ…お前のその、瞳、か?」
「…………はぁ?」
実際にはその髪も、声も、頬の輪郭も、しなやかな肢体も全て、魅力的だと言える。
勿論、出会った際に交わした会話から見えた彼女の、素直そうな性格も惹かれる要因の一つだったと思える。
けれど、あえて挙げろと言うのならやはり、
「綺麗な瞳やと、思ったんや」
「…………」
真っ直ぐに。
瞳逸らさず見つめた先の、淡いコバルトブルー。
キラキラと輝く彼女の瞳は何処までも、竜士の目を惹き付け、離さない。
「やから…その綺麗な目ぇを…誰よりも近くで、ずっと…見てたいと……」
そう思ったんや。
そう告げれば、ふるふると身を震わせ始めていた燐が、その顔を一気にボンッ!っと真っ赤に染めあげた。驚く竜士が見つめる先、褒めた瞳は今や薄い膜を纏い、艶を醸し出していた。
「んなっ!…なっ、何っ、言っ…」
「……お、前が云えて、いったんやろ」
「だっ、だけどっ」
歴史を感じさせるくすんだ店内にてそこだけ、違和感。
今まで異性に対して特別な感覚を覚えた事は無いけれど。
頬を赤らめる女を可愛らしいと、初めて思った。
きっと、それが彼女だったからなのだろうけれど。
そんな彼女が。
ふ る り
羞恥に身を大きく震わせた。
その振動で、肩から毛先がスルリと落ちる。
肩より少し長めの綺麗な黒髪。
そう言えば出会った時も、彼女の髪は艶めいて、強く光を反射していた。
出会いなんて、言ってみてもそんな大層なものではない。
ただ、友人の姉だった、と言うだけの話なのだけれど。