イタリア兄弟が旅にでたようです - 第一話
第一章 はじまり
ある日、ふたりは旅に出た。長靴の形をした「イタリア」から、ふたりは愛用の靴を履いて、パスタ鍋と少しのトマトを持って、意気揚々と旅に出た。
目指すは伝説の宝「神の竪琴」またの名を「女神のハープ」。ふたりには竪琴という漢字は読めなかったが、それが神々しい弦楽器だということは理解できた。何でもこの宝、音色を聴いた者の疲労を拭い去るどころか、どんな難病でも治ってしまい、おまけに心安らかな気分になれるというのだ。ふたりはそれを聞いて吃驚仰天、お揃いの茶色の瞳を大きく開いてはたと考えた。
この音色を聴いたら、真面目で仕事ばかりのあいつも楽になるんじゃないかな。内職ばかりでトマト料理をさぼっているあいつの疲れも吹き飛ぶんじゃないかな。
ふたりは決心した。よし、宝を探しに行こう!
ふたりは臆病だ。しかしふたり揃っているのだから大丈夫。俺達の爺ちゃんは地中海の覇者なんだ。だから俺達も本気を出せば超強い! 自信満々で一枚の「たからのちず」を握り締めたのだ。
(本当に大丈夫なのでしょうか・・・・・・。心配で血圧が上がりそうです)
えー、こちら日本。イタリア君とロマーノさんは森へ入ってゆきました。と、日本はマイク付きのヘッドフォンに向かって通信相手に伝えた。
大きなモニターにはそこかしこに取り付けられたカメラの映像が映し出されており、斜め下の画面にイタリア兄弟の姿はあった。日本がなにやらキーボードを操作すると、ふたりが映った画面が前面に映し出される。モニターに映ったふたりは徐々に暗くなってきている森に不安そうな表情を浮かべていた。
「たからのちず」をふたりに渡したのは日本だ。
アメリカ、イギリスと共に開発した超巨大迷路の第一来園者になってもらおうと、初めは普通に誘おうとしたのだが、アメリカの「それじゃあ詰まらないんだぞ!」の一言で、ふたりには施設内だというのを伝えずに「伝説の宝を探しませんか」と換言したのだ。
この施設に"壁に見えるもの"は存在しない。立体映像を駆使し、ただの広大な地、或いは冒険ゲームのフィールド、に見えるようにさているからして、一度この施設に入ってしまえば外に出るのは誘導物がない現在は困難、否、無理だ。ふたりをここまで運ぶのには窓のない車を使用した。車を施設内に入らせ、ふたりを降ろした瞬間から冒険が始まった、という事だ。
日本は、こっそりと探知機を付けたPHSをふたりに渡し「健闘を祈ります」と言い、ふたりをおいて裏方へ回り、そして監視役を務めている。アメリカとイギリスはそれぞれ施設内を巡回し、万が一の事に備えてふたりを見守っている。この施設にはトラップが大量に仕掛けられているのだ。
『兄ちゃーん、道が二つに分かれてるよぉ。地図には何て?』
『ちげぇよ、三つだ。えーっと、三つの分かれ道は・・・ってどこまで来たか忘れたぞちくしょー!』
ヘッドフォンを通して聞こえたふたりの会話に、日本は絶句した。この一時間で既に三度目だ、道を見失うのは。
『地図と道が一致しねぇぞこのやろー』
ちぎー! とばかりに憤慨しているロマーノに溜息をつきながらも、日本はマイクに向かってイギリスへの指示を出した。
「イギリスさん、間違った方向に看板か何かを立てて下さい。二分以内にですよ」
「了解だ。簡単な、ヒントみたいなものを置けばいいんだな?」
「ええ、お願いしますね」
そう言い終えた刹那、"イギリス的見えない何か"に力を借りたのかあっという間に間違った方向である二つの道を少し進んだ先に看板が立てられた。ふたりが迷っている間に。早業だ。
「ありがとうございます」
何のこともなく、日本は礼を述べた。そして映像を確認し、見えにくい看板を拡大する。
【君達は道を誤った。真実は紅い実にある】
苦笑した。紅い実とは正しい道の脇にポツンと置かれた小さなリンゴのことだろう。その道を辿れ、という訳で。日本は容易に気付く事が出来たが、ふたりはそうはいかないだろう。まずリンゴを目にしたかどうかすら危うい。しかし大抵の冒険物はこんな感じだ。ヒントの意味が解らずとも全ての道を見て看板のないところへ進めばいいのだ。日本は頷いて、再び視線をモニターの中のふたりに戻した。
ふたりは依然としてどの道を選ぶか熟考していた。
『ヴェネチアーノ、どっちがいい・・・』
『え、うーっと、ヴェー、わかんないよー! も、もう適当でいっかな。間違ったら戻ればいいんだし』
『戻れれば、な。一番右行くぞ』
『いえっさー』
ふたりは一番右(むろん間違った道)を進んでゆく。日本は、看板を見て引き返しますように、と塩ジャケに祈りを捧げた。
続く
作品名:イタリア兄弟が旅にでたようです - 第一話 作家名:こた@ついった