遠くない未来の話
しかし、その周辺を訪れたことのある者たちは口を揃えて奇妙な証言をする。なんでも、人の気配はないのに、夕方近くになると黒ずくめの燕尾服の男が一人でその屋敷の手入れをしているというのだ。
「嗚呼、下らない。」
そう一言呟いて、件の黒ずくめの男、セバスチャン・ミカエリスは広げていた雑誌のページを閉じる。
『下らない』そういいつつも、雑誌を閉じる手つきが乱暴でなかったのは彼の生来の丁寧さからなのか、はたまた我侭だった主の執事教育の賜物なのか。
「本当に、何故人間はこんなものを楽しそうに噂するのか。」
彼が不機嫌になるのも仕方がない。
なぜなら、その閉じられた雑誌は怪談についてまとめられており、更にはその怪談の中に自分のことがでかでかと大見出しで載っていたのだ。
「はぁ、」
ため息も出る。
だが、そんな不名誉なことをされてもセバスチャンにはこの屋敷を離れられない理由がある。そう、今は亡き主の為にだ・・・
「・・・何故、亡くなられて仕舞われたのですか、私の坊っちゃん。」
人間はいつか死ぬ。しかも、大事な主を手にかけたのは紛れも無く自分なのだ。
その矛盾と後悔は主亡き後からずっとセバスチャンを苛み続けた。
そして、或日。
今年も美しく咲いた薔薇を摘もうと庭に出るために屋敷の玄関にある重々しい扉を開け放った時だった。
そこには、血の様な真紅の落陽を背にして12歳ほどの少年が立っていた。まさか、と自分の目を疑うがそこに立っているのは間違いなく在りし日の自分の主であった。
「坊っちゃん?」
「ああ、そうだ。・・・何をグズグズしている?さっさと僕を屋敷へ入れろ。」
「・・・。イエス・マイロード」
そういえば、何故こんな大切な事を忘れていたのか。・・・今日は丁度自分の主が亡くなった日から12年だ。生まれ変わったということだろうか?嗚呼、でも今はそんな事はどうだって良い。
こうして、再び出逢えたのだから。