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年に一度のわがまま

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日本には七夕伝説というものがあるらしい。
短冊に野望や欲望を書いて吊るすとそれが叶うとか、天の川とやらで分断された恋人がその日七月七日にだけ会えるだとか。
沙慈から聞いたときは、その少女趣味な内容に面食らったし、馬鹿馬鹿しいと思ったけれど、この歳になって自分が似たようなことをやることになるとは、人間 変わるものだ。



年に一度のわがまま



何年ぶりだろう。
俺は量子化ワープで地球に戻った。
とはいえ、懐かしい場所を巡ったり、さまざまな人たちに会いに行くことは出来ない。
だけど一人だけ、一日だけ、どうしても会いたい人がいる。
まだ成すべきことを成していない俺の甘えを、お前は許してくれるだろうか。

「この匂い……」

定めた空間へ降り立ったとたん、その懐かしい、むせ返るような匂いに、俺の鼓動は高鳴った。
今や半同化したELSにも俺の興奮が伝わったようで、そわそわと落ち着かない。
そしてすやすやと眠るその顔を見たとき、俺の、まだ人間の器官を保っている左目から、涙の雫がぽたりと落ちた。
目元に少し、皺が出来ただろうか。

「ロックオン……」

何年も放っておいた癖に突然現れて、迷惑ではないだろうか。
俺は期待と不安を抱きながら、左手でロックオンの頬にそっと触れた。
温かい。
人間の、ロックオンの体温。
しばらくその感触を楽しんでいたら、両のまつげがピクリと動いた。
ああ、起きてしまう。
お前は何も告げずに突然居なくなって何年もお前を放置した恋人に、どんな反応を示すだろう。
罵倒するだろうか。
殴るだろうか。
俺はそれを密かに期待しながら、ロックオンの目覚めを待った。
まぶたがゆっくりと開かれ、碧い瞳が露わになる。

「せ、つな……?」
「ああ」
「本当に、刹那なのか!?」
「ああ。少し変わってしまったけれどな」
「俺の刹那だ」

ロックオンは両手を広げて、俺を迎えた。
やめてくれ。
優しくなんてしないで。
拒絶してくれれば楽だったのに。
俺はELSとの融合に異論はないけれど、お前が今にも触れようとしている俺の右半身は、もう人ではない。
冷たくて硬くて、お前の体温を感じることは出来ない。
お前の腕は、人を抱きしめるための腕なのに。
俺は俺に触れるために伸ばされた腕を避けた。

「どうした?もしかして恥ずかしいのか?」
「……なんで?」
「何が?」
「何で何も聞かずに受け入れる?」
「だって刹那に会いたかったし。お前は俺のだし」
「恋人は?結婚はしていないのか?」
「うん。ま、そりゃたまに抜いちゃいるけど、俺の恋人は何年も前からお前だ。別れた覚えはねぇな」

そう言って笑うと、今度こそロックオンは俺を捕まえた。
何も感じないと思っていた硬質な皮膚は、ロックオンの体温と自分の昂ぶりで熱を帯び始めている。
何という誤算!
この身体になってから今まで、人と触れ合うことなどなかったのだから、分からなくても仕方ないじゃないか。

ロックオンは目を細めて、俺に口付けた。
それを拒むという選択肢は、俺の中でほとんど消えてしまっている。
触れ合った唇の熱さといったら。
俺の口の中は未だやわらかくて、お前の舌が行ったり来たりするのが心地よい。
絡ませれば互いの唾液も同じように混ざり合う。
案外ELSたちは、俺の人間の器官を尊重して融合しくれているのかもしれない。

「刹那の口の中、気持ちいい。この辺は昔と変わらないけど、コッチは鉛みたい」
「……あと何十年かしたら、早ければ何日かで、全部鉛になってしまうんだぞ。それでもお前は!」
「じゃあもっと熱いコトしたら溶けちまうかな?」

やめてくれ。
そんな声で言われたら、本当に溶けてしまう。
ロックオンの手が、俺の全身を撫でる。
羽織った布の隙間に滑り込んだロックオンは、俺の熱を受け入れることに慣れた器官を探し当てて刺激した。

「っあ……」
「はは、ココはもう溶けてんな」
「当たり前だっ……何年ぶりだと思っている!」
「ん。もっと溶けちまいな」

抗うことなど出来なかった。
俺はこんなにも繋がりたい。




体内に残った行為の余熱は、人間だったときよりもずっと、俺から逃げてはくれない。
勝手が違うのは承知していたし、実際もいままでと同じようには行かなかったけれど、まさかこんな弊害があるとは迂闊だった。
地球に居られる残りの時間で解消できるだろうか。
ロックオンは隣でベッドに寄りかかりながら水を飲んでいる。

「すまない」
「何のことだ?」
「俺はこんな風になってしまったし、すぐに戻ってやらなければならないことは沢山ある。本当は別れを告げに着たんだ。お前を解放したかった。だが――」

そんなことは初めから無理だったのだ。
未練がましく会いに来た癖に今更だ。

「お前な。俺のため、とか言って逃げんのはズルイぜ。」
「ああ、その通りだな。すまない。謝ってばかりだ」

ロックオンの幸せを考え、この関係を清算することを望んでいたはずの俺は、奥に隠した利己的な本心を認めた。
まったく、これではどちらがイノベイターだか分からない。

「でも、会えて嬉しかったぜ」
「俺もだ。また……一年後のこの日、会いに来てもいいだろうか」
「もちろん!一年後だけとは言わず毎年来いよ」
「ああ、そうする。俺の唯一のわがままだ。ELSも許してくれると思う」
「楽しみだなぁ」
「でも、俺は年々変わってしまう」
「またそれか?大丈夫だろ。現に今だって出来たんだから。それにお前が完全にELSと融合するより先に、俺のほうが勃たなくなるっつーの。だからあんま心 配すんな」

ロックオンの指が、俺のおでこをくいと押した。
人間は歳をとり、変わってゆく。
そんな当たり前のことを忘れていた。

「それも、そうだな」
「あ、ひでーなおい。ところであと何時間地球にいれるんだ?」
「ちょうど24時間の約束だから、まだ20時間以上あるな」
「じゃあやれるだけやろうぜ。ずっとお前に触れていたい」
「それはお前が何度復活できるかにかかっている。頑張ってくれロックオン。俺のために」
「了解だ刹那」

再びもつれ合った。
触れ合った箇所は、やはり温かい。

毎年この日、お前に会える。
それだけで俺は、何だって出来る気がする。

作品名:年に一度のわがまま 作家名:kome