毎日がドラマチック
ばーちゃんがいない家の中はなんだか広く感じられて、でも思っていたよりも寂しくはなかった。
今までばーちゃんがやっていた家の仕事を受け持つようになった忙しさもあるけど、それ以上に…。
「お前、いい加減皿割るのどうにかしろよな!これで何枚目だよ!」
「ごめんごめーん」
ガシャン、と台所から嫌な音が聞こえたので慌てて駆け寄ってみると、予想通り割れた食器と布巾片手にそれを見つめるハルの姿がそこにあった。
こいつに任せた俺がバカだった…と反省しながら、破片を片付けるためにちりとりを持ってこようとその場を後にする…つもりだったのだが、粉々に散った破片を素手で掴もうとするハルの行動によってそれはさえぎられた。
「バカッ、そんなことしたら手切るだろ!」と慌てて破片へと伸びるハルの手を掴んで引き離す。こいつのことだし、絶対怪我するって!
「もういいから庭の花に水でもやってろよな…」
唯一ハルに任せられる仕事、それが花の水やりだ。
ホースで水をやるだけだから失敗するようなこともないし、何よりもこいつは花を大切にしている。いつの間にかばーちゃんから色々と教えてもらっていたらしい。
俺はそういうのに疎いから正直そこは助かっている。おかけでばーちゃんの花を枯らすことなくすみそうだ。
俺の言葉を素直に受け入れたハルは「オッケー!」といつもの調子でドタドタと足早に庭へと向かっていった。ったく、テンションだけは高いんだから…。
遠ざかって行くハルの背中を見届けてから、ようやくちりとりを用意して破片の片付け作業に取りかかる。
あいつ何枚皿割れば気がすむんだよ。このままじゃ家中の食器がなくなっちまうぞ。つか、ちょっとは反省しろよな。毎回軽く口だけで謝りやがって…。
破片をちりとりの上に乗せながら心の中で不満をぶちまける。ばーちゃんが入院してからの一週間ですでに何回この作業を繰り返したのか、数えたくもなかった。
まぁ、宇宙人だから仕方ないのかもしれないけど…だとしてもこのぐらいは覚えろよな。
集め終わった破片をゴミ袋にいれ、ちりとりを元あった場所に戻す。そのついでにハルの様子を窺おうと庭へ続くドアを開けた瞬間、
「おいハル、ちゃんとやって…うわぁっ!?」
こちらをめがけて勢いよく水が飛びかかってきた。反射的に顔を腕で覆ったものの、頭の先から服の中まで水浸し。冷たい水が体に染みる。
そんな俺の気も知らず、いたずらの張本人であるハルは「あははっ!ユキ、びしょ濡れー!」とこちらを指差してけらけらと笑っている。
右手に持っているホースからはとめどなく水が流れていて、余計こちらを煽っているように思えた。
…こいつは大人しく水やりもできないのか!?
「あーもう!遊んでないでさっさとやれよ!ったく…!」
「オッケー!」
相変わらず返事だけは元気よく返したハルはくるりとこちらに背を向けて、再び花に水を浴びせ始めた。
いかにも上機嫌といった様子で鼻歌まじりに水をまいているハルに気付かれないよう、そっとホースを踏んづける。
やられっぱなしだと思ったら大間違いだ。同じ目にあわせてやる。
やがて流れていた水が止まり、「あれ?」と不思議がるハルがホースの先を覗き込む。
その瞬間を狙って塞き止めていた足を離せば、足止めされていた大量の水がハルの顔をめがけて集中放水。「わっ!?」と驚くハルの反応に思わず笑いが漏れた。
「どうだ、これに懲りたらちょっとは反省――」
「すごいすごーい!」
しろよな、と言い終わる前にキラキラと目を輝かせたハルが興味津々な様子でこちらに近づいてきた。
反省するどころか新しいおもちゃを見つけた子供のようにはしゃいでいる。おまけに「もっかい!ユキ、もっかいそれやって!」とねだってくるし…。
しまった、逆効果だったか…と頭をおさえる俺を気にもせず、ハルは「ねぇ、やってやってー!」とホースを振り回しながらしつこくまとわりついてくる。
時折跳ねかかってくる水しぶきが鬱陶しさに拍車をかけていた。
「分かった!分かったからそれ振り回すのやめろ!」
「やったー!ユキ、ありがとー!」
「だから振り回すなって!」
根競べに負けて渋々こちらが折れると、ハルは喜びを体全体で表すようにくるくると回り始めた。今度は水しぶきどころかもろに水が降りかかってくる。話聞けよ!
大喜びするハルとは対照的に、こっちはどんどん苛立ちが募っていく一方だった。風が当たって体もだいぶ冷えてきたし、濡れた服や髪が肌に吸い付いてくる不快感にも耐え難い。
さっさとハルから開放されよう。そう思いながら「ほら、見てろよハル」と適当にホースを踏みつける。
「ユキ、なんでホース踏む?」と首を傾げるハルに「足止めされた水がここに溜まるだろ?ある程度溜まってから足を離すと、こうやって勢いよく水が出るんだ」と説明を交えて実際にやって見せれば、たちまち「おぉー!すっごーい!」と感動の声が上がった。
よし、これでこいつも満足しただろ…と安堵したのもつかの間、「僕もやるー!」と俺に狙いを定めたハルがホースの先端を向けてくる。なんでだよ!?
「ユキー、動いてちゃ出来ないよー」
「やらなくていいよ!」
いよいよ付き合いきれなくなった俺は今度こそ水から逃れようと一目散に室内へと駆け込んだ。
庭と屋内を隔てるガラス戸をバタンと乱暴に閉める。ほっと安堵のため息をもらしてから外に目を向けると、「ユキずるーい…」と不満げに頬を膨らませているハルの姿がそこにあった。
ずるいもなにも、お前が無理矢理かけてきただけだろ!
そう理不尽な気持ちを抱きながら、着替えとタオルをとってこようと自分の部屋へと足を運ぶ。
こんな自由奔放な宇宙人との生活がこれからも続くのかと思うと、なんだかどっと疲労感が押し寄せてきた。
でもそれは決して嫌な気持ちなんかじゃなくて、こいつはそういうやつだから仕方ないという諦めにも似た、今まで感じたことがない気持ちだった。
だってこいつ宇宙人だし、変でもしょうがないっていうか…。
それに何気ないことまで楽しむハルの姿を見ていると、ただ繰り返していただけの日常に新鮮味を感じるようになってきた。
周りの世界にはこんなにもたくさんの色があるのだと教えてくれたのはまぎれもなくハルだ。
今だって、誰かとこんな風に水遊び…というにはあまりにも一方的だったけど、水をかけあったのは初めてのことだった。
皿は割るし、何回注意しても余計なことしかしないし、花の水やりだって大人しくできないけど、まぁ大目に見てやるか…と半ば自分に言い聞かせるようにして、部屋のドアノブに手をかけた。
END