ホテルを追い出される英米
イギリスはホテルの受付を乗り越えんとする勢いで乗り出したが早いか、顔に似合わない汚らしい悪態をまるで雨でも降らそうとするみたいな勢いでまくし立て始めた。あまりにもよどみなく彼が次から次へとののしり言葉を吐いてみせるので、いっそ感心してしまくらいだった。イギリスはいつもこうだ。彼の怒りはスプリンターじみていて、いつだって怒った瞬間に導火線もカウントもなしに爆薬がはじけてしまう。確かに腹は立つけど、俺に言わせたらそれだけだ。カウンターをひとつおどしつけるみたいにばんと叩いて、それから嫌みのひとつでも言って出て行けばいいだけの話──最初に断りの文句を口にしたホテルマンだって困りきった顔をしていた。ちゃんとなでつけた栗色の髪の毛と、同じような色の目。眉が濃いのは国民性なんだろうか? イギリスのところのホテルにいて、部屋をリザーブしてないけど泊まれないかと言ってみたらこれだ。男同士だからだめだと言われてイギリスはぶち切れた。
ホテルなんてひとつじゃなし、別に他のところに泊まったっていいのに。電車もバスもおわってしまっていて、ついでに郊外にいた(イギリスにつきあって釣りをしにきてた。俺はほとんど寝てた)せいで、タクシーもなかなか捕まらなかった。そこに霧雨が降ってきて、仕方なしにイギリスは泊まろうと言いだしたわけだ。イギリスは顔に似合わず結構怒りっぽい方だけど、でもいつもはここまで切れやすいわけじゃない。もしかして俺の手前自分のところで恥をかきたくないとかそんな安っぽいことを考えてたりするんだろうか──もしそうならちゃんちゃらおかしい。それならことあるごとに酔っぱらって裸同然で騒いだり周りに迷惑をかけたりするのをまず悔い改めるべきだ。
俺はまだわめいているイギリスを見たあと、またホテルマンの方を見やった。はしばみ色の目の中に「助けて」という信号がちかちかしているのが見えたけど、俺はため息を噛んで悪いね、と応えた。俺にも手に負えないし、そもそも俺だってちょっとはむかついてる。男同士だから断られたっていう事実のイコールの先に相手が想定してる答えが見えるからだ。言葉を濁してるけど、つまりは、
「男同士だからってゲイってなんで解んだよ!」
ってことだろ(イギリス、どうもありがとう)。彼のところは俺のとこよりもだいぶこういうのにおおらかだと思ってたけど、やっぱり田舎は違うんだろうか。イギリスははしばみ色の目をしたホテルマンを捕まえておまえがゲイなんじゃねえのかときいてるこっちが嫌になるようなことを言ってる。
「俺たちは兄弟だよ、このばか!」 これ以外にもイギリスは色々彼に悪口を言ったけど、ほとんどが聞くに堪えないものだったからこのひとつを例としてあげれば十分だろう。それから、
俺の方もさっきまでちょっとしたイライラの火だねだったのが、いっきに燃え広がって大きくなったのがわかった。イギリスときたら、まるでフェアじゃない。彼に言わせたら自分たちを守るためだとでも言うのかもしれないけど、でも実際のところ自分たちは拒否された理由そのままなわけだから、それに対して怒り返してみせるだなんてヒーローらしくもないし、紳士らしくもない──きみから俺を「好きだ」って言ったくせに。だからこうなったんだ全部きみのせいだなんて言わないけど、自分で自分を否定するようなまねをしなくたってもいいのに。本当にイギリスはばかだ。
俺がそう思いながら彼を見ると、イギリスもすぐに気づいてこっちを見つめ返してきた。大きな緑色の目がきらきら光っている。声を荒げ続けてたせいか上気した頬、年よりずっと若くて幼くすらみえる。存在を声高に主張してるまゆげさえ手で隠したら、イギリスはかわいい顔をしてる。もしかして間違えられたのって──間違いじゃないけど──きみのせいじゃないのかい。俺はそう言いたくなったけど、珍しく空気を読んで黙っていることにした。イギリスは気づいてくれないけど俺だってタイミングを計ることもあるし言葉を選ぶことだってある。今みたいに。
とうとう部屋のかぎを勝ち取ったイギリスがそれをうけとる直前、俺はぱっと手を出してそれを奪い取った。イギリスの冷たい指先が俺の手の甲に触る。イギリスがびっくりしたように小さく声をあげた──失礼、ホテルマンの彼もだ。アンティークな金色をしたかぎだった。部屋番号を告げる小さなタグがついている。俺はそれを手の中でもてあそびながら、これみよがしな少し大きめな声で言った。
「兄弟ならさ」 イギリスが小さく息をのむのがわかった。俺は構わず続けた。「ダブルの部屋なんかとらないよ、イギリス。きみってばかなんじゃないのかい?」
作品名:ホテルを追い出される英米 作家名:tksgi