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駒鳥 Erithacus

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 工具を床へ置いた。
 神経質な泣き声に聴覚を圧迫される度、春先の猫を連想した。
 陶器の欠片を前にして立ち竦み、幼いルークは宙を睨みつけたまま涙をあふれさせる。
 大きく開いた口に精一杯の空気を送り込み動物じみた音の塊を吐く様は、今年十一になる少年を酷く胡乱な存在へと貶めていた。
 足元の陶器人形は、彼の母が四日前に大層な値段で買い与えたものだ。以来、ガイを閉口させるほどの気に入りだった。
 弄りかけの音機関を用心深く隅に遣り、そっと破片を拾い上げたガイは、幸いにして自分の手でも修復が可能であることに多少気を楽にする。慣れぬ子守の不手際を責められるのはもう厭だった。

「大丈夫、鼻が欠けただけです。すぐに直して差し上げます」

 ガイにしてみればよかれと掛けた言葉だったが、何が気に障ったものか泣き声は一段と強まり、地団駄を踏まれ、狂ったように哭する子供を前に空を仰いだ。
 将来を切望された少年の変わり果てた姿は、一年を過ぎた今も周囲の戸惑いと哀れみを喚起こそすれ、馴染むことは無い。身体の成長とともに違和感を増しつつある存在、その事実は子守役を仰せつかったガイにとっても同様であった。
 初めは良い。
 誘拐され心神喪失状態に陥った哀れな子供だと思うことができたし、いずれ正気に戻るだろうという根拠の無い気楽さもあった。だがすぐに持て余した。
 5年ぶりに呼び戻された乳母は半年を待たずにげっそりとやつれ、見兼ねた家政婦長によって暇を与えられたばかりだ。肉体の成長と行動の落差に、女の力では付いて行けなかったのである。
 出自ゆえ赤子として扱うことも力ずくで指導することもならない公子への反応が、腫れ物に触れるように慎重で当たり障りのないものへ変化するのに、然程時間はかからない。
 ガイは、人形と戯れる息子を前にして微笑んだシュザンヌを思い出す。その目に過ぎった落胆と絶望は、全ての者の所懐を表していた。つまりはそういう事なのだと、あの時ガイは弁えたのだ。

「ルーク坊ちゃま」

 ラムダスの厳命どおり呼ばわりながら、ガイは再度、手中の人形を提示した。「これを」欠けた鼻を元通りにくっつけて見せる。

「こうやって、くっつけます」

 安心させるために笑った。
 涙に焼け、濡れた頬を震わせて大きくしゃくり上げると、ルークは覚えたての彼の名を呼ぶ。
 幾許かのためらいの後、ガイはそっと公子の赤い髪を撫で自分の元へ引き寄せた。こうなる前には考えもしなかった行為である。背に回された両腕の、その力強さにガイは驚嘆せずには居られない。ただひたすらに縋る思いの強さに言いようのない後ろめたさを感じて、彼は突然込み上げた衝動に息を詰まらせた。
 かつては幼い容姿に不釣り合いなほど自信に満ちた双眸でガイを見据えた。剣の稽古でしたたかに打ち据えられ、泣きたいほど痛むだろうに頑なにその素振りを見せなかった。不遜にすら感じられた翠の瞳だった。その片鱗を今、伺うことはできない。

 ひどく泣き出したくなった。

 ルークが戻って、もうすぐ一年が経つ。
 どこかで駒鳥の澄んだ鳴声が響いた。
作品名:駒鳥 Erithacus 作家名:oz