失敗ヒーローの妄想
・・・・・・・・あれ?ここはどこだろう?
なんで、私はベッドに・・・。
なに・・・してたんだっけ・・・・。
なんか・・・すごく痛い・・・。
なに?この格好?
私なんでこんな恥ずかしい格好を・・・。
しかも、人いる・・・・。
いっぱい・・・。
白衣?お医者さん?看護婦さん?
う・・・あああああああああああああ!
痛い痛い!!
あああああああぁぁぁぁあぁぁあああ!!
・・・・はぁはぁ。
そっか。
私今出産の最中だっけ。
昨日の夜、陣痛が来て・・・今何時だろう?
わかんないな。
すごく疲れた。
どれくらいこうしてるんだろう・・・。
『もう少しですよ犬个さん!がんばって!!』
そっか。もうすぐ私母親になるんだ。
腕、一本しかないからなぁ。この子に心配されたりするのかな。
心配されたらちゃんと言わなきゃ。
ママは、一本腕を失ったんじゃなくて、もう一本の腕をパパに守ってもらったんだって。
残った腕を見せて、あなたのパパは私達を守ってくれるヒーローなんだって。
だから、この腕はママの自慢だから、ママは平気だよって。
そう言えば、あの人はどこにいるんだろう。
なんか視界がぼやけるなぁ。
出産って、こんなに体力使うんだ。
ああ、また来た。
この子が出たがってる痛みだ。
ううううううあああああああああああ!!
・・・はぁはぁ。
確かにこの腕は私の自慢だけど、こうゆう時は不便だな。
片腕だけで物に摑まっててもなんか不安定だ。
・・・ん?摑まってる?
なにに?
ん・・・だめだ、ぼやけてよく顔見えないや。
あ、私の爪が喰い込んでる。
血が出ちゃってるよ。
でも、平気そう。
無言で、私に掴ましてくれてる。
顔は見えない。
でも、きっとあの人だ。
私と、今から生まれるこの子のヒーローだ。
いまいち何考えてるかよくわからないけど、私の一番好きな人。
それでいて、私が一番仇なはずの人。
でも、ずっと一緒にいてくれた人。
不安定な私のペットになってくれた人。
そういえば、まだ『ありがとう』って聞いた事ないな。
他の挨拶とかは普通にするのにな。私が家族を殺した後でさえも。
もしかしたら、それが彼なりのケジメかも。
家族を殺され、憎いはずの私へのケジメ。
これから何年一緒にいようと、聞けないかもしれない。
でも、それでいいのかも。
いくら一緒にいたって、子供ができたって、私の罪は消えないんだから。
・・・!!
あああああああああああああああ!!
『もう産まれますよ!!気張って!!』
ううううううううううううううう!!
もう産まれる。
彼との子供が。
うあああああああああああああ!!
・・・・・・・・・・・・・・・・!!
・・・はぁはぁ。
あ・・・泣き声だ。
よかった。ちゃんと泣いてくれた。
『犬个さん!おめでとうございます!元気な女の子ですよ!』
そっか、女の子なんだ。
名前どうしようかな。
私一人じゃ思いつかないな。
彼ならきっと、いい名前を付けてくれる。
『犬个』
あ、彼の声だ。やっぱり彼だったんだ。
そういえば、分娩室入る時からいてくれたんだっけ。痛みで吹っ飛んでた。
『犬个、よく頑張ったね。』
うん。頑張ったよ。
あなたの子供なんだから、頑張らない訳がない。
『犬个さん、抱いてあげてください。』
ああ、この子が彼の子供。
彼と、私の子供。
どうゆう風に育つんだろう。
女の子だから、彼みたいにはなって欲しくはないかな。
よくわかんないし。
あ、彼はそのままでいてほしいけど。
それにしても、疲れたなぁ。
もう・・・起きてられないや。
寝ちゃっても・・・いいかな・・・。
『犬个。ほんとによく頑張ったね。』
うん、ありがとう。君の子供を産ましてくれて。
『疲れたんだね。お疲れ様。この子を産んでくれて、ほんとにうれしいよ。』
『ありがとうございます。剣藤さん。』
あはははは。なんでいまさら名字で呼ぶのかなぁ。
折角ありがとうって初めて言ってくれたのに。
死ぬほど嬉しいのに、これじゃあ後で文句言わなきゃだよ・・・・・・
スパン
直後、彼女の意識は途切れた。
ここは、病院ではなく、もちろんベッドの上でも分娩室でもない。
なにもない、ビルの屋上。
そこには、首から上を喪失した少女の体と、それを抱きしめる少年だけがいた。
少女は少年に願った。
殺してくれと。
少年はそれに応えた。
親の仇として、少女を殺した。
ただ、それは争いの果てではなく、共に生き残る事が出来なかった果ての結末。
剣藤犬个が死の直前に見ていたそれは、あるはずのない未来。
ただの夢かもしれない。
もしくは、パラレルワールドを覗き見たと言う可能性もあるかもしれない。
事実は、誰にも分からない。
ここにあるのは、首のない少女と、それを抱える空っぽの少年だけだから。