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花火前夜(後)

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あの日から。
夏はまだ終わっていないはずなのに、俺たちの夏はどこか遠くへ行ってしまったようで。
暑いだけの毎日に取り残されどうしていいのか分からず、何もない一日を繰り返していた。

俺だって何度も携帯を開いた。
すぐに出てくる英士と結人の名前。
連絡を取るのは、そんなに難しいことじゃなかったはずだ。
なのにそれが出来なかった。
今すぐ会いたいのに、顔を見たら言葉が出なくなりそうで。
不安を曝け出すのが怖かった。
そして、二人の抱えている不安を感じてしまうのも怖かった。


選抜大会の決勝戦、最終日。
真っ青な空と高い太陽の下、風祭が崩れて落ちる瞬間を。
あそこに立っていた誰もが忘れることはないだろう。

思い出すだけで胸が詰まり、喪失感でいっぱいになる。
なのに、芝生に倒れ込む風祭の姿はとても神聖で、目を離すことができなかった。


こんな複雑な気持ちを誰かに伝えたりぶつけたりするには、俺は幼すぎるし何の方法も知らない。
心の中にしまい込んだ夏の熱さを持て余しながら、ずっとずっと二人のことを考えていた。

英士はどうしてるだろう。
結人はどうしてるだろう。

あの日。

英士は何を見たんだろう。
結人は何を感じたんだろう。

聞けない。
聞くのが怖い。

初めてだった。
英士と結人の側へ駆け寄ることを戸惑ったのは。
手を伸ばしちゃいけないような気がしたのは。
結局何も思いつかずに、今日までだらだらと過ごしてしまった。

今日、さっき、結人から電話が無かったら、俺は戸惑った気持ちすら認めることが出来ないまま14歳の誕生日を迎えてしまっていただろう。

ありがとう、結人。
俺の壁を打ち破ってくれるのはいつも結人だ。
そして、導いてくれるのは英士。
俺はやっぱり一人じゃダメだな。
嬉しい溜息がこぼれた。




風呂から出てリビングへ行くと母さんがソファに腰掛けてテレビを見ていた。

「早く寝なさいよ。夏休みだからって夜更かしはダメだからね」
「わかってるよ」

リモコンを片手にテレビの音量を上げながら俺の顔も見ないでそう言う。
まったく、俺明日誕生日だぜ?もう少し言い方あるだろ。
なんて、心の中でボヤきながら冷蔵庫を開けて麦茶を出した。
氷を入れたグラスにお茶を注ぐ。
そのままオヤスミも言わずにグラスを持って階段を上がった。
途中で下から「おやすみ~」という気の無い声がしたけど、あれもどうせこっちに背を向けたまま言っているんだろう。
そう思ったから返事もしなかった。

部屋に戻ると机の上に置きっぱなしにしていた携帯の表示板がピカピカ光っていた。
「なんだろ」と、麦茶のグラスを置いて携帯を取る。
開けば『メール1件』の文字。
受信時間はつい2分前のことで、送り主は英士だった。

『結人から連絡あったよ。明日は久しぶりに三人で会えるね。
少し早いけど、誕生日おめでとう一馬。
明日もう一度ちゃんと言うよ。おやすみ。』

素っ気ない文面に思わず笑いがこぼれた。
時計はPM11時47分を指している。
あと15分もすれば俺の誕生日当日になるのに、どうしてコイツは待てなかったんだろうな。
英士らしい。
待てなかったんじゃなくて、待たなかったんだろう。
あいつはそういうヤツだから。
柄じゃないことは絶対にしない主義。
それでも英士が俺にメールをくれたこと、何かを伝えようとしてくれたことが嬉しかった。

結人からは0時きっかりにおめでとうメールが来るだろう。
さっき電話でも祝ってくれたのに、律儀なヤツだよな。
まだ来てもいないのに、考えたら笑いがこみ上げてきてしまう。
結人は人を喜ばせることが好きだから、きっと俺のためにとっておきのメッセージをくれるに違いない。
絵文字がいっぱいの、読みづらいあのメールだ。
それを待ってから寝ることにしよう。
そう思って、携帯を枕の横に置いた。

カーテンは引かずに電気を消す。
窓の外には相変わらず星が輝いている。

このまま、星が消えて朝になる空を見ていたいと思った。
14歳になってゆくこの夜に。


END
作品名:花火前夜(後) 作家名:まあめ