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賢い鼠

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薄い色の髪の毛が風にひるがえるのを見ていた。長いまつげがゆっくりと伏せられる。鮮やかな赤色のくちびるが何を言おうとしているのか、それを私はしっている。そしてその言葉は決して喉奥から零れ落ちないであろうことも。彼はそれを私に伝えない程度の分別を持っている。彼は賢い。賢い鼠だ。だからこそここまでやってこれたのだ。彼は決して涙を見せない。いちいち涙を零しているようではここでは生きていけないのをしっているのだ。この場所では言葉も涙も、感情すら邪魔なだけだ。そういったものを持っているものから脱落していく。そう、ここには勝つか負けるか、それしかないのだ。それを彼も、そして私も、身に沁みてよくしっている。だから言わない。聞かない。
彼の男にしてはひどく細い指先がゆっくりとネクタイを解く。ボタンを外してゆく。その仕草は手慣れていて、まるで娼婦のそれのようだった。それを私はじっと見詰める。彼がそれを望んでいることを私はよく理解しているつもりだ。彼は私になにかを求めてはいない。むしろ私がなにもしないでここに座っていることを望んでいるだろう。それが証拠に彼はおもむろに私の足元に跪いて私のスラックスに手をかけながら伏せた瞼をあげて上目遣いにこちらを伺ってきた。私はすべてわかっているような顔をして頷いてみせる。彼の歯がジッパーを挟んで下げるのがひどく卑猥に見えた。猫のように細く長い髪の毛が彼の顔を隠す。私は今すぐに彼の頬に手をあて、ゆっくりと立ち上がらせてつよく抱き締め、そしてやわらかくキスを落とす。想像をする。想像するだけだ。実際にはただ彼がすることを見詰めている。彼は何も言わない、私も何も言わない、言葉にしたら互いに困ってしまうだけだとわかっている、けれど一条、おまえはしらないのだろう、私は本当は、本当はおまえとこんなふうに繋がりたいわけじゃないのだということを。私が本当は、おまえをただただ抱き締めたいのだということを。おまえは賢い鼠だ。だが私は愚かな猫なんだ。「一条」一度だけ、そうだ一度だけでいい、言葉にしてもいいだろうか、「今日はそういう気分じゃない」戸惑うおまえの頬に手をあてて、「好きだ」とひとこと言葉を落として、キスをしても。


作品名:賢い鼠 作家名:坂下から