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可視不可視の愛情表現

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前髪が揺れる度に隠れる額、形の良い耳、やや女性的な輪郭の頬、少し骨ばった肩、翼の付根を指でなぞりたくなる背中、覆う布から覗く二の腕、短剣を握る掌と指、地に着いて久しい足。露になった肌に触れてもオオワシが目覚める気配はない。もう落下の恐れもなく、西の住人に愛されて暮らす彼は平穏と親愛に浸りながら彼は安楽な夢と深い眠りを享受している。鳥として零落れた彼がそれ故に安穏に眠っているのは皮肉でしかない、とシロフクロウは彼の頬を撫でた。
「どうしてかしら、貴方はずっと私を追いかけてくれると思ってたのよ」
 先日、彼は長年の片思いに諦めるという形で終止符を打った。当然といえば当然だ、彼女に拘っていても彼の負荷にしかならない。それを分かっていて、そう仕向けたのが彼女自身ということすら含めて、それでも彼は一生の恋を彼女へ捧ぐのだと疑いもしなかった。
「かなしいわ」
裏切られた気分になった。裏切ったのは彼女だというのに胸が灼かれるように痛んで止まない。
「哀しいのよ、オオワシ」
悲しい、愛しい、総じて哀しい。ああこれが恋、と今更に気づくも遅過ぎる。しかしだからといって終わりにするつもりは微塵もない。
「女から追う、なんてはしたないかもしれないけれど」
 最後に耳の後ろへ口付けて、誰にともなく宣戦布告する。
「逃がせないから覚悟してね」










 昼過ぎ、ライオンはオオワシに連れられてカンガルーの家の近くにいた。傷も凡そ塞がったのでそろそろ奉仕活動を再開しようと昼寝をしていたところを起こされたのである。まああまり長く寝ていても身体が鈍るので大人しく集会所と化しているカンガルー宅へ来てみれば、鎌ではなく盛籠を持ったコンドルがいた。
「ライオンくん、復帰おめでとう。これ、東の皆か、ら――――……」
リハーサル済みだったらしく滞りなくライオンへ渡される筈だったやたらとバナナの目立つ盛籠は、しかし隣にいたオオワシを見るなりコンドルの手から取り落とされる。
「お、オオワシくん……!?」
新たな台本を用意するか、至急オオワシに言いたいことを伝えるかで迷いに迷っているコンドルはオロオロと挙動不審になり、そんな彼の行動にオオワシは首を傾げた。
「俺の顔に何かついてるか?」
「いや?」
ライオンには全くそうは見えないのだが、混乱状態でもコンドルは必死に首を縦に振っている。何が何だか分からない、とカンガルーから鏡を借りたオオワシは、
「キャアアアアアアアアアアアアアア!!?」
直後に悲鳴を上げた。
「カ、カカカカンガルーッ、洗面所借りるぞ!!」
家主の許可もそこそこにオオワシが洗面所へ駆け込めば、ザー、と水音が聞こえてきた。顔を洗っているのだろうがライオンが見たところ別に普段と変わった様子はなかったように思う。カンガルーが何か見えていた様子もない。しかし洗面所からは何だこれ落ちない、だの、こんなところまで、だの喚く声が聞こえてくる。
「もしかして紫外線か」
 納得したらしいカンガルーが袋の中を漁る。
「ライオン、ちょっとオオワシ引っ張って来い」
「その袋はなんでもアリか」
袋からブラックライトを取り出したカンガルーに、止めてあげて、とコンドルが制止をかけるが、好奇心に負けてライオンは四苦八苦しているオオワシを洗面所から引き摺り出した。
「放せバカ猫!!」
「言い出したカンガルーに言え」
「貴殿がそんな輩だったとは知らなかったぞ、カンガルー!!」
ギャアギャアと喚くオオワシを羽交締めにしてブラックライトを当てて見れば、
「これは……」
「うわー……」
額、頬、と肌の露になっているところへ唇の形が浮いて出る。
「こんなことする奴は」
「まず間違いなくシロフクロウだな」
諦めざるを得ない状況を作り出しておいて何と悪趣味な、と流石に同情して放してやれば、べそべそと顔を押さえて蹲ってしまった。震える翼が哀愁を漂わせている。
「あ」
そして耳の後ろの痕。本人が気づいていないようなので知らせるべきか否かを考えていると、
「オオワシくん、耳のところ、虫に食われてるよ」
「いやそれもキスマークだろう」
「うわあああああああああああっ」
何の配慮もないカンガルーの言葉に、オオワシは頭から布を被って逃走した。



「……オイ、今日の奉仕活動はどうなるんだよ」
「さあ?」
作品名:可視不可視の愛情表現 作家名:NiLi