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86:献花

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「己の罪に気付いた私の命は、お前に裁かれるためにあるのだ。だがお前は私に背を向けて、平凡な生活に収まろうとした。お前は私を裁くために生きてきたのではないのか、と。お前には堪ったものではないだろう。実のところ、ただの寂寥、嫉妬…。私はとんだ自惚れをしていた。お前の手は何も私の血で汚れる為にあるのではなかった。愛した女、我が子を抱くことだって出来たはずだ。こんな簡単なことに気付くのに、いや…本当は知っていたのかもしれない。認めたくなかっただけなのだ」
掌から放出される光が淡く、弱くなり、止まった。
「愛していたから、お前を石にした。だが…」
ガルデンは深い溜息をつくと、色が戻り始めたサルトビの頬に触れ、硬い唇に口付けた。

「お前は幸せになるために生まれてきたのだ」

サルトビの眉根がぴくんと動く。
短い髪がしなやかに黒く撥ねている。
頬の傷が血の色を滲ませる。
瞳に光が戻る。
首から上が人の色を取り戻した瞬間、サルトビは激しく咳き込んだ。
唇の間から白い砂が吐き出される。
ガルデンは苦々しくそれを見ていた。
「なんで、今更術を解いた」
苦しげに、下を向いたままサルトビがそう問いかける。
「上手く説明がつかない。だが、解くなら今が限界なのだ。これより遅いと、二度とお前は人の体に戻れぬ。アースティアは随分、平和になり、もう私の目がなくとも…」
ガルデン、と激しい口調でサルトビが名を呼ぶ。
「利口ぶってんじゃねぇ。俺だって今更、幸せになれるなんて思っちゃいねぇよ」
己を睨む青緑色の瞳。
この鋭い視線を、ガルデンは長い間求めていた。
「何故、俺を人に戻した」
胸が詰まるのを感じながら、ガルデンは最後の言葉を搾り出した。

「愛しているからだ」

サルトビは腰のポーチからクナイを取り出し、手の感覚を確かめるように一度、二度とその柄を握った。
ガルデンは濡れた瞳でそれを見詰める。
「お前の手で、終わらせてくれ」
長い睫毛の先に付いた雫が、終幕を飾っていた。




少年が龍神沼の入口をくぐると、祠の前に異様な、しかし見慣れた人影があった。
古い型の忍び装束、細身の体躯、短く切られた髪、それは―
「サルトビ、様…?」
細い体を重そうに引き摺り、サルトビが振り向く。
深紫の忍び装束と、白い顔が返り血に染まっていた。
対岸の少年からはよく見えないが、サルトビの足元に先程声を掛けてきた黒衣の男が横たわっているのが分かった。
夥しい血液が岩場から澄んだ沼へと流れ落ちている。
「その人、死神だったの?」
少年が死体を見るのはこれが初めてだった。
忍者といえど幼い子供。臆しても不思議ではない。
だがガルデンの死体と血濡れのサルトビからは、悪意を感じなかった。
この光景の真意を、自分は知っておかなければならないと、少年の中の頭領の血が静かに沸いていた。
「違う。ただの…ただの人だ」
まだ何か問いかけようとする少年を制すように、サルトビは続けた。
「頭領の子供だろう」
声が半ドーム状の岩場に響く。
訳も分からないまま、少年はこくんと頷いた。
それを見たサルトビの表情が緩む。
クナイを握った右手が白く変質し、腕から離れたのを遠目に見た。
硬い足場にぶつかって砕け散る音が少年の耳にも届いた。
「里を…アースティアを頼んだぜ」
そう言って笑ったサルトビの顔に、左頬の線傷からヒビが広がる。
白く硬い石となったサルトビの体は足元から崩れバラバラと音を立ててガルデンの死体の上へ倒壊した。
同時に、何処かでガコン、という轟音がくぐもって聞こえた。
水面が波打ち、足元の岩場が揺れ、少年は思わずその場にしゃがみこむ。
見れば、祠を祀った岩場が崩れていく。
祠と、二人の男の死体が沼に呑み込まれて行くのを、少年は大きな目をいっぱいに見開いて、確かに胸に刻んだ。

崩壊の音が消え波が治まった頃、少年は立ち上がり引き寄せられるように小舟に乗った。
小さな手で舵を握り、精一杯漕ぎ出す。
心臓が壊れそうな程に鳴っていたが、頭は冷静だった。
沼の中心、岩場があった場所で、舟を止める。
そこに、一枚のカードが浮いていた。
これこそ一族の守り神、爆烈丸のミストロットだったが、少年はまだその価値を知らない。
ミストロットを拾い上げ、水中を覗き込む。
白く濁った水に、赤い血の筋が一本通っていた。
舞い上がった砂が沈殿しても、二人の死体は崩れた岩場の下だろう。

少年は改めて手にしたミストロットを見た。
濡れた瀑烈丸は、水面の輝きを反射してきらきらと光っている。
しばらくその輝きに魅入られていた少年だったが、ふと思い出し、傍らの白に視線を移した。
ミストロットを大事に懐に仕舞い、青い匂いのする花を抱き上げる。

そして、少年は両手いっぱいの白菊を水面へ投げた。

幸せになるはずだった、二人の勇者へ、ただの人間二人へ、精一杯の追惜を込めて。



FIN.
作品名:86:献花 作家名:ぼたん