「好意と狂気は紙一重」
ギル、ギルバート、兄さん。
呼び方を変えても、気付いてはくれないならばどうすればいい?
「ヴィンセン、ト?」
「なに?ギル」
「・・・何のつもりだ?」
あれ?
なんで、ギルが僕の下に居るんだろう?
「おいっ!」
「・・・」
人形から引きずり出した真っ白い綿がギルの漆黒の巻き毛に所々付いていて、雪の上を転がった黒猫みたいに見えてそれが可笑しい。
「ギル、」
「っ!?何だ、」
さぁて、何だろうね?
自分でも分からないよ。
気付けば、自分の左手がギルの両手を一括りにするように体重を掛けて押さえていた。
「いた、馬鹿っ!急に何のつもりだっ!?」
「ぼくに、僕に訊かないでよ。」
「ヴィンス?」
「ずっと、一緒に居てくれるって言ってくれたあの言葉は嘘だったんだね?」
「っそ、そんなことは」
「嘘吐き」
僕の放ったその言葉に一瞬、ギルの表情が消えた。
「ちが、」
「ウソツキ、」
「ちがう!」
「違わない」
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うっ!」
嫌々をするように大の男が頭を振る様は傍から見れば滑稽なものだが、ヴィンセントの眼には酷く愛しいものに見えた。
「にいさん」
「!?」
なんとはなしに、そう呼んでみた。
案の定、ギルバートは頭を振るのを止めて目尻にうっすらと涙を滲ませる。
「ねぇ、にいさん」
「ヴィンス?」
「僕、兄さんを大事にするから、」
「え、」
「だから、ずっとそばに居てね?」
そう、一言言い置いてヴィンセントは懐に隠し持っていた銀色に鈍く光るものを、馬乗りにしたギルバートの右足に突き刺す。
「――――――っ!?」
「なぁんだ、」
泣かないか。
確かな手ごたえを感じたはずだが、己の下にあるギルバートの唇から零れ出たものは息を詰める音だけであった。
「にいさん、あのね、考えたんだ。もし、兄さんが戦えない体になったらオズを守れないよね?だから、主を守れない従者なんてオズも手放すでしょ?」
あぁ、不愉快だなぁ。
さっき、右足を刺した時よりも衝撃を受けたかのような顔をするギルバートにヴィンセントは心底苛立った。
「お、ず?」
「そう、オズ=ペザリウス。」
「そん、な」
うぁっ!
あぁ、良い声で啼くなぁ。
不意を付いて左足を狙ったのが幸いしたのか、今度は悲痛な叫びが二人きりの空間に響き渡る。
「ねぇ、知ってた?」
「な、にを・・・っだ」
「あのね、」
背徳は、他人の不幸に並ぶ極上のシロップなんだよ。
「とつぜ、ん、なに、を言うかと思えば」
「気丈だね。あぁ、それとも馬鹿なのかな?」
「なっ!?」
「兄さん、苦しいよ。」
「ヴィ、」
ぱたん、と開いていた本をゆっくりと閉じるかのようにヴィンセントの体がギルバートの上に覆いかぶさる。
「・・・受け入れてよ。」
「は、」
「オズをブレイクを受け入れるように、僕も・・・愛してよ。」
「ばか、」
「え、」
「どう、勘違いしたらそう見えるかなんて知りたくもないが、オズへは主従愛でブレイクには敬愛だ。」
「それは、」
どういうこと?
「怪我人、だぞ。少しは労われ」
「そんなの!言葉にしてくれなきゃ分かる訳無いっ!」
「は、こっちの台詞だな。」
あははははははははっ!
くるってく、狂ってく!
今日は何て、素晴らしい日。
すっと、欲しかった者を手に入れたんだ!
その全てを手に入れたんだ。
「素晴らしきこの日に、」
かんぱい。
ヴィンセントはそう言いながら、平素を装いながらも脂汗を滲ませるギルバートの上から退き、代わりにその足許へ膝を付く。そして、出血の夥しい右足の方を高貴な捧げ物を差し出す時のように両手で掲げ挙げてから
こく、とグラスの中のワインを飲むように赤いそれを飲み始めた。
作品名:「好意と狂気は紙一重」 作家名:でいじぃ