Hallelujah
マシューと俺は、兄……アーサーに連れられて、小さな小さなアパートに移り住んでいた。今にして思えば失礼な話かなり年季の入った古ぼけた家で幼心に「怖い」なんて思いはあったが、それでもそこは俺たちのホームだった。
*
「アル、マシュー、これから頑張っていこうな」
ある冬の日の夜、散歩に出かけよう、そう言って外に出た兄に付いてきたアルフレッドは、マシューと共に、寒空の下そう告げられた。ぽつりと語り、雪の下儚く消える吐息程小さな、小さな言葉だった。
頬を腫らせた兄に抱きしめられ、あぁ、ついにこの時が来たのだな、と二人の弟は何となく悟っていた。
当時、兄であるアーサーは十八歳、弟のアルフレッド、マシューともに六歳の三人は、まるで隠れる様に、その家から逃げて行く。ぎゅう、と繋いだ手は、力だけが強くてぬくもりすら感じられぬ程に冷え切っていた。
最初に、アルフレッドが彼と出会ったのは、家を飛び出した次の日の事だっただろうか、小さな子供の時間感覚なぞ、あてに出来るものではないが、ただ、彼の記憶の中で「眠て起きたら暖かかった」と言う情報だけがあり、それを信頼するならば、次の日なのである。
そう、その次の日こそ、アルフレッドにとっては青天の霹靂、世界を変えるファンファーレとも言える運命の日になったのだ。
「はじめまして、アルフレッドくん」
眠るときは確かに寒かった、小さな公園の小さな遊具、コンクリートで作られたかまくらは、風避け程度にしかならず、ただただ体温を奪われて、縋る様に隣に居る弟にしがみついて眠ったはずだった。
なのに、今居るのは暖かな毛布の中で、砂と鉄の匂いしかしなかった周りの空気は一変し、今は仄かに甘い匂いすらするのである。
「……だれ」
声のする方を見ると、そこにはアルフレッドには長く感じるほどの黒髪の人間が居た。声の質から男性と判断出来るが、それでも中性的な風貌のその男に警戒心を解くことはなかった。
「……誰、だと思います?」
「え?」
質問に質問で返される、と言うのは幼いアルフレッドにとっては初めての出来事で、問われた言葉の意味もよく理解出来ず、困った様に眉を下げ、オロオロとしてしまう。分からないから誰、と聞いているのに、誰だと思います?だなんて、と最初は困惑していた彼も、だんだんと焦りとか、怒りを露わにしてついには涙目で声を荒げてしまう。
「お、俺がしつもん、してるんだぞ!」
「ふふ、これは失礼しました。 私の名前は本田菊、と言います」
柔和に笑う男――本田菊は素直に一つ、謝罪すると己の名を名乗る。アルフレッドの言う「だれ」が名前ではないと知っているであろうこの男は、明確に質問には答えず、す、っと手を差し出した。それは誰もが行う友好の印であるが、アルフレッドは突然出されたその手を前にまた、困惑の表情を浮かべる。
「え? え?」
「……アルフレッドくん。 お友達、になりませんか」
まるで読めない笑顔を見せた男、本田菊は、アルフレッドにとって初めての友達になった。
オフで作る予定だったアル菊本。九月の世界のHONDAに行きたいなー。
作品名:Hallelujah 作家名:紙城ノブ